持続性の鍵はレジリアンスにあり
1960年から2000年にかけて、世界の人口は倍増したが、この人々の衣食住をまかなうため、地球の資源ベースは憂えるべき状態で失われつつある。
「この需要を満たすため、森林は3倍も、食料生産は2.5倍、水の使用量は倍増しています。そして、2020年の需要を満たすには、さらに世界の穀物生産量を40%も増やさなければなりません。人口が増加し、資源ベースは低下し、気候変動を含めた様々な環境問題で、不確実性が高まる時代に私たちは生きています。私たちはいかにすれば、レジリアンスを頼りにできるシステムを構築できるのでしょうか」
ブライアン・ウォーカー博士は、こう問いかける。博士は、オーストラリアの代表的なエコロジストのひとりだが、レジリアンス研究の国際的なリーダーでもある(1)。博士の研究は、アフリカのジンバブエの熱帯サバンナと草地生態系からスタートした。そして、1968年にカナダのサスカチェワン大学で、植物生態学で学位を得る。その後、1969~1975年まで、ローデシア大学で講師を務め、ヨハネスブルクのビトバーテルスラント大学の教授となり、1985年にはオーストラリアに移った。1985~1999年までは、オーストラリア連邦科学産業研究機構の持続可能なエコシステム(当時、野生生物とエコロジー部)の部長を務めた。博士の活動は、オーストラリア国内にとどまらない。例えば、国際学術連合会議が提唱し、1986年に設立された学際的な国際研究プロジェクト、「地球圏・生物圏国際協同研究計画」というものがあるが、博士は、そのコア・プロジェクト、「地球変化と陸域生態系研究計画」の科学運営委員会の議長を1990~1997年にかけ勤めている。1999~2002年には、スウェーデン王立科学アカデミーのベイエ生態経済学国際研究所の所長を務めた。現在は、同研究機構の持続可能なエコ・システムの主任研究官で、社会エコロジー・システムの持続性を研究するグループ、「レジリアンス・アライアンス」のプログラム・ディレクターで、代表でもある(2)。
博士は1992年の「生物多様性とエコロジー的冗長性」(Biodiversity and ecological redundancy" Conservation Biology Vol 6 : 18-23)等、160もの学術論文を書いているが、二冊の共著もある(2)。そのひとつが、サイエンス・ライター、デヴィッド・サルトとの共著、レジリアンス・パラダイムへの入門書「レジリアンス思考(Resilience Thinking:Sustaining ecosystems and people in a changing world)」(2006)だ。この著作は、フロリダのエバーグレーズ、オーストラリア、ビクトリア州ゴールバーン・ブロークン流域(Goulburn-Broken Catchment)、カリブ海のサンゴ礁、ウィスコンシン州のノース・ハイランド湖(Northern Highland Lakes District)、そして、スウェーデンのKristiandstad Water Vattenrikeと五カ所の生態系の事例が登場する。
「コミュニティ、生態系、そして、風景。私たちの惑星の幸せを支える商品やサービスをもたらすそれらの能力にますますヒビが入ってきています。そして、効率性ではなぜ資源問題が解決できないかを、レジリアンスは説明し、『オプション』を開く建設的なオルタナティブを提供するのです」
博士は、従来の景観や天然資源の管理法を抜本的に変えるように求める。地域生態系のことをコミュニティがよく知り、自然の変化をコントロールするよりも、むしろ自然のプロセスを受け入れ、自分たち自身で適切な地元開発の方向を決定できるようになれば、ローカル・コミュニティは、様々な変化によく耐えられる、と主張する。博士によれば、持続性の鍵は、孤立したシステム各部分の最適化にではなく、コミュニティのレジリアンスを強化することにあるのだ(1)。
では、レジリアンスを強化するとは、どのようなことなのだろうか。「people and place」で博士はわかりやすくその意味を解説しているので、博士の主張をまとめたものを紹介してみよう。
ラッコが消えれば海は変わる
「世界で最も強力なキーストーン種はラッコであろう」
生物学者、エドワード・O・ウィルソンは、こう書いた。ラッコは、かつては、カリフォルニアのバハ(Baja)から日本北方の島々の環太平洋の沿岸水域に生息していた。ラッコがいる生態系には、豊かなケルプの森がある。ケルプは魚の隠れ場となり、その魚がアザラシの餌となる。だが、ラッコの毛皮は価値が高い。18世紀から19世紀にかけて乱獲された絶滅しかかった。そして、ラッコが消え失せると、ラッコが餌としていたウニが激増した。ウニはケルプを喰いつくし、魚の餌や隠れ場が失われる。結果として魚が減り、アザラシも減った。生態学で言えば、ラッコはキーストーン種であって、生息する沿岸生態系を左右している。
このラッコとウニの物語は、生態的閾値(threshold)という概念の事例といえる。ある閾値を超えると、生態系はガラリと変わり、以前とはまったく別の振る舞いを始める。これをレジーム・シフト(regime shift)と呼ぶ。ラッコの例で言えば、ある状況で安定していた沿岸水域が別の状況へと閾値を超えてしまったのだ。
では、ラッコとウニについて、次のような本質的な問いかけをしてみよう。ラッコが増えることで、ケルプや魚やアザラシが豊かだった海に戻るのであれば、もとに戻るには、どの程度のラッコの密度が必要なのだろうか。逆に言えば、ウニがどれほど増えまでは、ケルプや魚やアザラシは消え失せることなく、耐えられるのだろうか。これが、レジリエンス(復元力:resilience)とう概念だ。つまり、システムが変化しても、基本機能や機能構造を維持できる能力、閾値を超えて別のシステムへとシフトしまわずに、ある程度変化する能力のことなのだ。
自然は、破壊と再生を繰り返している
さて、世界各地の生態系を研究することで、ほとんどの自然が、①資源の利用(exploitation)、②システムの保全(conservation)、③資源の開放(release)、④システムの再組織化(reorganization)という4段階の適応型のサイクルを繰り返していることがわかってきた。
森林を例にとってみよう。まず、樹木やそれを支える様々な生物へ資源はゆっくりと蓄積されていく。この段階が長く続けば続くほど、資源の利用は効率的となる。つまるところ、利用可能な資源をロックすることになる。このロックされた状態が、保全フェーズだ。だが、保全状態がずっと続くと、森林はショックや撹乱に対するレジリエンスを失い、より脆弱になる。必然的に、あるポイントで、山火事や嵐、害虫の大発生等の大きな撹乱を経験し、森林は崩壊し、蓄積してきた養分やバイオマスを放出する。この放出がなされた後に、森林は再組織化され、次の適応型サイクルを再びはじめる。
最適化のパラドックスこの適応型のサイクルを一番よく調べてきたのは、エコロジストたちだった。だが、そこから、あるオリジナルの発想を思い浮かべたのが、オーストリアのエコノミスト、ヨーゼフ・シュンペーターだった。シュンペーターは、不況と好景気とのサイクルを分析し、1950年に「創造的破壊が絶え間ない強風」として資本主義を描いてみせた。人間の社会システムにおいては、安定性が崩壊することが、イノベーションのための資源を放出し、新たなグループが勢力を得て、再組織化が行われる。もし、変化を無視したり、抵抗すれば、脆弱性が高まり、機会を失う。
では、経済内で、適応型サイクルがいかに機能するかを考えてみよう。例えば、建築業界に市場を確立することを切望する革新的な新ビジネスが参入するとしよう。ビジネスは、成功し急成長していく。だが、時が経てば、成功部門はより効率的となり、自らが成し遂げた成功に適応し出す。効率性とレジリエンスとのこの緊張は、製造業のジャストタイムのアプローチで描かれる。伝統的な在庫管理の手法では、メーカーは、大規模な資材倉庫を建て、次にはそれすらも省く。必要な瞬間に正確に、というアプローチで部品や資材を工場に届ける。システムが効率的で最適化されるのだ。それは、大きな経費節減をもたらす。だが、どの供給チェーンの部分も、ある種の分裂に鋭敏となっている。つまり、最も効率的な手段への最適化がなされると、企業は変化へのレジリエンスを失っていく。
理論的に言えば、人々が望んで評価するものを最適に生産するのが、効率的な経済である。とはいえ、この最適化があまりに狭く適用されることに、最適化のパラドックス(paradox of optimization)という問題がある。ラッコを効率的に狩猟するシステムは、ラッコの毛皮という狭い利益を最適化するのには効率的である。とはいえ、こうした狭い目標は、ビジネス、生態系、あるいは、世界経済での企業のレジリエンスを失うことにつながる。健全な森林の恵ではなく、木材の生産性だけを支えるシステムは、社会にとって真の最大価値を産み出さない。これが最適化のパラドックスなのだ。効率性そのものは悪くはない。とはいえ、狭い価値、とりわけ、効率性の原則を利益だけに適用してしまうと、必然的に望まない結果が生じてしまう。エコロジー、経済学、そして、社会学の歴史は、ラッコのような事例に満ちている。生態系は人間の社会システムともつながっている。事実、すべての生命は、社会エコロジー・システム内で存在している。つまり、私たちは、私たちを取りシステムの一部なのだが、それは、私たちが想定しているよりもずっと複雑なのだ。
レジリエンスのある世界
レジリエンスが高い世界をどうすれば創り出せるのか、そのやり方を理解するまでの道は、まだ遠い。とはいえ、レジリエンスのある世界と似た世界のビジョンを描いてみることは可能だ。
- レジリエンスのある世界は、生物的、景観的、社会的、そして、経済的に多様性を促進しているであろう。変化に対応するためのシステムの能力や将来の選択肢の最大の源は多様性にあるからである。
- レジリエンスのある世界は、自然生態系のサイクルとともに動いているであろう。例えば、決して燃やされることがない森は、耐火性の生物種も失えば、山火事にも非常に脆弱になってしまう。
- レジリエンスのある世界は、モジュラー・コンポーネント(modular components)から構成されるだろう。伐採用の林道で結ばれた森林が、孤立した森林よりも山火事が広がりやすいように、つながりすぎると、ショックはシステムを通して急速に伝播してしまう。
- レジリエンスのある世界には、フィードバックがあり、フィードバックを通じて、閾値をまたぐ前によって、それを検出できる。グローバリゼーションがまずいのは、このフィードバックを遅らせるからだ。例えば、先進国の人々は、自分たちの消費がもたらす結果のフィードバック信号を弱くしか受けとれなくなってしまう。
- レジリエンスのある世界は、信頼、発展したソーシャル・ネットワークやリーダーシップを推進する。こうした特性は、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」に寄与するが、変化や撹乱に対応する効果的な適応力と一致して行動することが必要だ。
- レジリエンスのある世界は、学びや実験、ローカルに開発されたルールを重視し、変化を包み込んでいく。そして、硬直しきった構造が行動パターンが壊れるとき、新たな機会が産まれ、成長のために新たな資源が使われていく。
- レジリエンスのある世界は、そのガバナンス構造に「冗長性」(必要最低限のものに加え重複が余分がある)」を持った組織があり、資源へのアクセス権も、共有在と私財とが混在し、オーバーラップしている。この冗長性がシステムの柔軟性を高め多様な対応を可能とする。数多くの資源利用の核心には、このオーバーラップしたアクセス権と財産権がある。それが、社会生態システムのレジリエンスを高められるからだ。
- レリジエンスのある世界は、炭素貯蔵や水の地下浸透等、金銭化できない自然のサービスを開発やアセスメントにおいてすべて考慮することであろう。こうしたサービスは、レジーム・シフトによって変化し、失われて初めてその有難味が認められるものなのだ。
「レジリエンス思考」は、天然資源の管理方法をさし示す。世界各地の問題を解決する万能薬ではないが、持続可能な資源利用を達成するための基礎となる。その思考は、最適状態を管理し、最大の見返りを得るという従来の資源マネジメントにおけるパラダイムとはかなり違う。資源管理のあり方を問い直すことが求められているのだ(3)。
【人名】
ブライアン・H・ウォーカー(Brian H. Walker)
デヴィッド・サルト(David Salt)
エドワード・O・ウィルソン(Edward O. Wilson)
【用語】
サスカチェワン大学(University of Saskatchewan)
ローデシア大学(University of Rhodesia)
ビトバーテルスラント大学(University of the Witwatersrand)
オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO =Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)
レジリアンス・アライアンス(Resilience Alliance)
国際学術連合会議(ICSU= International Council for Scientific Union)
地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP= International Geosphere-Biosphere Program)
地球変化と陸域生態系研究計画(GCTE= Global Change and Terrestrial Ecosystem)
スウェーデン王立科学アカデミー(Royal Swedish Academy of Sciences)
ベイエ生態経済学国際研究所(Beijer International Institute of Ecological Economics)
社会・エコロジー・システム(social-ecological systems)
冗長性(redundancy)
【引用文献】
(1) Long term prosperity needs ‘resilience’ not just efficiency, CSIRO, Sep18, 2006.
(2) Dr Brian Walker: resilience and sustainability in social-ecological systems, CSIRO
(3) Brian Walker, Resilience Thinking, people and place, Nov24, 2008.
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