環境ガバナンスにおいては国が果たす役割は世界的に見て小さくなる傾向がある一方 (Sonnenfeld and Mol, 2002; Jonas and Bridge, 2003; Lane, 2003)、持続的農業と参加型開発とには強い相関があるとされている(Pretty and Hine, 2001; Pugliese, 2001)。とはいえ、キューバのアグロエコロジーを発展させた起動力は間違いなく「上」からのもので、慣行生産からの転換は、政府、研究所、NGO他により組織体制的に進められている。
運動の第一の主体となったのは、キューバ有機農業協会(ACAO= Cuban Association of Organic Agriculture)[その後、キューバ農林業技術協会(ACTAF= Cubana de T´ecnicos Agr´ıcolas y Forestales)内の有機農業グループ (GAO= Asociaci´on Cubana de Agricultura Org´anica) として再編]、全国小規模農民組合(ANAP= Asociaci´on Nacional de Agricultores Peque˜nos)、自然と人間の財団(La Fondaci´on por la Naturaleza y el Hombre)、キューバ教会委員会(Consejo de Iglesias de Cuba)等のNGO、全国農業防疫センター(CENSA = Centro Nacional de Sanidad Agropecuaria)、熱帯農業基礎研究所(INIFAT= Instituto Nacional de Investigaciones Fundamentales en Agricultura Tropical)を含めた全国農業研究所のネットワーク、ハバナ農科大学(UNAH= Universidad Agraria de la Habana)を含めた農業大学や学校、 そして、キューバ政府の諸機関だ。
アグロエコロジーの普及では、とりわけ、全国小規模農民組合によるカンペシーノ運動(campesino-a-campesino)の役割が大きい(Alvarez, 2002; Perera, 2002)。運動は、アグロエコロジーの生産技術の農民普及を支援し、国内各地で数多くの成功をもたらした(Perera, 2002; Interviews 9, 13, 26, 2005)。とはいえ、この支援活動は全州や全ムニシピオにまで及んでいるわけではなく、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの生産者たちは誰も馴染みがなく、地区の生産者は、全国小規模農民組合とのコンタクトも少なく、直接的な支援組織よりは、むしろ政治的団体と見なしていた(インタビューIX、2006)。
農林業技術協会も草の根で技術を普及
キューバ農林業技術協会(ACTAF= Cubana de T´ecnicos Agr´ıcolas y Forestales)も農業普及業務に従事し、アグロエコロジーの転換では中心的な役割を担っている。キューバ有機農業協会は持続的農業の促進を評価され、1998年にオルターナティブ・ノーベル賞を受賞しているが、これは、現在ACTAFに組み入れられている。ACTAFの本部は、ハバナの農業省内にあり(筆者注:以前はそうであったが現在は違う)、アグロエコロジーの技術普及では、生産者のキャパシティ・ビルディングやコミュニケーションを重視している(インタビュー21、2005)。 教育用のモデル農場、アグロエコロジー灯台の管理、オルタナティブな生産方法の啓発冊子の出版に加え、持続的農業の理想を促進するための全国イベント等を行い、生産者と消費者の双方を教育している(Interview 21, 2005)。 近年、ACTAFが実施した重要な新プログラムには、アグロエコロジー・スタンプ(sello agroecol´ogico)による生産者の認証がある。これは国際的な有機認証基準を満たさず、キューバ国外では認められないものだが、国際的な有機認証に向けた重要なステップとなるかもしれない(インタビュー21、2005)。
キューバ教育委員会や自然と人間の財団等のNGOは、全国小規模農民組合や農林業技術協会程際立ってはいないが、アグロエコロジーを強力にサポートしている。両組織とも国際機関から数多くの資金援助を受け、理論面でも実践面でも役立つアグロエコロジーの教材を生産者向けに、この資金で出版している(インタビュー20、2005)。また、自然と人間の財団は、アグロエコロジーによる食料生産の原則に基づいて、キューバ東部でエコロジー・ビレッジの開発にも携わっている。
アグロエコロジー用の資材の研究開発
このようなNGOによるアグロエコロジーの促進活動は、研究所、大学、専門学校により補完され、研究プログラムや教育カリキュラムもアグロエコロジーに重点がおかれるようになってきている(インタビュー4-6、15-18 24、2005)。 サン・ホセ・デ・ラス・ラハスには、全国農業科学研究所(INCA=Instituto Nacional de Ciencias Agr´ıcolas)、全国農業防疫センター、ハバナ農科大学等の諸機関がある。 全国農業科学研究所は、全国的にもよく知られているが、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスにおいても重要である。同研究所の全研究課題がアグロエコロジーの推進になっているわけではないが、プロジェクトやプログラムの多くは、緑の革命に対するオルタナティブなニーズに対応することが目的とされている(インタビュー34、2006)。 全国農業科学研究所は、持続可能であり、かつ、集約的で、生産価値が高い「真の近代農業」の開発を可能にするものを緑の革命のオルターナティブとしている(インタビュー34、2006)。
全国農業科学研究所の研究は、現在、キューバで広く用いられ、中南米にも輸出されているエコミック(Ecomic=土壌から栄養物を吸収する植物の性能を高める菌根菌で構成されたバイオ肥料)を開発し(インタビュー22、2005)、菌根菌(mycorrhizae)やバイオ肥料(biofertilizers)でも重要な研究を行い、さらに、カチャサ(cachaza)他の有機物の活用、緑肥使用、保護耕作(conservation tillage)、在来品種の再導入、農業生物多様性の強化等を重視したプロジェクトも実施している(インタビュー22-25、2005; IX、2006)。
キューバの科学技術研究の原則(general principles)によれば、全国農業科学研究所は、研究成果をワークショップ、文献資料や製品の配布を通じて実践に移すことを重視している。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの調査に参加した農民たちのほとんどは「農業の成功で全国農業科学研究所からの支援が重要だった」と指摘した。 ムニシピオ、サラゴサ(Zaragoza)においても、数多くの生産者が、全国農業科学研究所と協働することで、マメの品種数を増やし、農業生物多様性を豊かにし、ダイズ、ハイビスカス、ニンジン、白菜等の伝統的にはない作物を導入していた。環境的にも経済的にもメリットのある新品種を導入するとともに、長年、高収量品種を重視した結果、失われてしまった在来品種を再導入することが、プロジェクトの目標とされている。
ワークショップを通じてアグロエコロジーを普及する
数多くの南側諸国の農村においては、アグロエコロジーに関する教育や情報不足が、持続的農業を導入するうえでの制約となっている。この事実をふまえれば、全国農業科学研究所が行っている普及教育プログラムは、いかに重要かがわかる(Pretty and Hine, 2001; IFAD, 2003)。
- 地元状況に最も適したマメ品種を決めるため、数多くの品種を現場実験(左上)
- 新たな種子を得るために全国農業科学研究所が主催する集会に参加する生産者たち(上右)
- ワークショップで統合有害生物管理戦略を展示する農民(左下)
- 地元生産者に普及できる持続可能な農法を開発する全国農業科学研究所の技術者(右下)
「農民たちがそれ以外の可能性を学べるようなワークショップは全くありません。情報も不足しているので、メンタリティーも同じではありません」
【引用文献】
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