自己組織化する点と線
一人の人間を「ノード・点」とし、人のつながりを「リンク・線」で表せば、社会的なネットワークはノードを適切につなげたマップと解釈できる。こうして複雑な社会構造を考察していくのが、社会的ネットワーク論だ(4)。 床にバラバラに散らかしたボタンをランダムに拾いあげて糸でつなぐという作業をしてみよう。ボタンをつないでもある段階までは何も起こらない。だが、リンクが次々と加えられ、糸とボタンの比率が0.5を超えると突然、ボタンは巨大なまとまりとなって、「ネットワーク」が出現する。物理学的には「パーコレーション」と呼ばれる「相転移」現象で、数学ではこれを「巨大コンポーネント」の出現、社会学では「コミュニティが作られた」と呼ぶ(3)。
このまとまりを「クラスター」(ブドウの房が語源)と呼ぶ。とはいえ、こうしたネットワークはなぜが出現するのだろうか。この問題に初めて取り組み、1959年にノードをランダムに結ぶ「ランダム・ネットワーク」のアイデアを発表したのが、ハンガリーの天才数学者ポール・エルデシュ(Paul Erdős、1913~1996年)とハンガリーの数学者アルフレッド・レーニイだった(エルデシュ=レーニィモデル、ERモデル)。 実は、ネットワークから巨大クラスターが形成されるのに必要なリンクは、ノードあたりわずか一本にすぎない。リンクの数が1本以下ならば、バラバラの小さなクラスターがあるだけだが、1本以上のリンクあればノードはつながっていくのだ(1)。
世間は狭いスモール・ワールド
1929年にハンガリーの作家、フィリジェシュ・カリンティは『同じものはひとつもない』という作品の中で、わずか5人の知人を介するだけでノーベル賞受賞者と自分とをつなげるシーンを描いてみせた(1)。広いようで思っている以上に世間は狭い。赤の他人と思える人物も、実際には数人の知り合いを介して縁がある(4)。実際に赤の他人と自分とはどれほど離れているのだろうか。1967年にハーバード大学の社会心理学社スタンレー・ミルグラム(Stanley Milgram、1933~1984年)教授は、奇妙な社会実験を行ってみた(1)。米国中西部のカンザス州とネブラスカ州の住民に手紙を送り、まったく面識がない東部の受取人までファースト・ネームで呼び合う親しい知人を介して転送するよう依頼し、何人の仲介者によって手紙が戻ってくるのかを調べてみたのだ(2)。結果は驚くべきもので、平均わずか5.3人で手紙は返信されてきた(1)。こうして、誰もが6人以内の知人を通じてつながっているという「6次の隔たり」、「スモール・ワールド」仮説が提唱されたのだった(2)。
クラスター、コミュニティが安心を育む
ハーバードの大学院生だったマーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)は、ミルグラムの発見に興味を覚え、誰の世話で就職ができたのかを調べてみた。すると、84%がたまにあうちょっとした知り合いのツテによって就職していた(2)。
これは、少し考えてみればすぐわかる。「150人の法則」というものがある。現実社会でつきあいのあるメンバーは150人に限定される、という法則だ。平均的な人間がお互いに認識したり、感情をわかちあえたりする人数には、ある種の限界があることは発達心理学でも明らかだ。文化人類学の研究でも村の最大人員はだいたいこの数に入る(4)。社会は高度に相互連結されたクラスターだが、エルデシュ=レーニィのランダム・ネットワークでは、基本的に友人サークルは存在しない。個々のノードは平等主義で、どれもがランダムにつながっていく(1)。だが、実際には、「類は友を呼ぶ」というように、新たなリンクは類似した人との間にできやすいし(3)、クラスターは、社会資本でもある(2)。集団が大きくなり、顔が見えない関係になれば、詐欺師のような「フリーライダー」も出現しやすくなるが(4)、閉鎖された集団内でだけ暮らしていれば安心だ(3)。
とはいえ、過度にクラスター化した閉鎖集団にも弱点がある(3)。よく知っている人間同志の情報は同じものであることが多く、その中から新たな情報がもたらされるチャンスは少ない。新情報はよく知らない人からもたらされる可能性が高いのだ(4)。
弱さの強さ
グラノヴェッターは、ここから弱い絆の強さに気づく。そのヒントとなったのは、ゆるやかな水素結合で結ばれている分子だった(1)。弱い絆の密度がある閾値よりも低ければコミュニティを超えて情報が外部に広がることがなく、職探し等ではマイナス面も生じる。就職の有効な紹介者、かけ橋となるのは、親友や家族等、つきあいが濃密な「強い絆」ではなく、ごく稀に接する「弱い絆」であったのだ(4)。グラノヴェッターの発見は画期的なものだった。1969年に最初に書かれた論文は、斬新すぎて理解されずに却下されたが、改めて書かれた1973年の「弱い絆の強さ」(The strength of weak ties)は、現代社会学に最も影響を与えた論文となった(1)。もっともグラノヴェッターがこの発見をできたのは、米国が赤の他人を大切にする「信用社会」であったという事情もある。日本のように閉鎖的な「ムラ社会」からなる社会においては、いまだにコネが重要で、弱い絆で就職できる者は少ないからだ(3)。
スモール・ワールド・ネットワーク登場
こうして社会的ネットワーク論は、主に社会学によって研究されてきた。だが、1998年にひとつのブレイクスルーが訪れる(4)。当時コーネル大学の博士課程の学生だったダンカン・ワッツ(Duncan J. Watts、1971年~)とその指導教官スティーブン・ストロガッツ(Steven Henry Strogatz、1959年~)は、エルデシュ=レーニイのランダム・ネットワークに変わって、ミルグラムの「スモールワールド」とグラノヴェターと「弱い絆」のアイデアを結びつけた巧妙なモデルを提唱する。
そのヒントとなったのは、規則正しく同期点滅するパプア・ニューギニアのホタルやコオロギの鳴き声が同調する現象だった。 1990年にスティーブン・ストロガッツと数学者レナート・ミローロは、ホイヘンスの時計と同じように相互作用する仮想ホタルのシミュレーションを行っていた。もし、一万匹のホタルが他のすべての個体を見て反応したとすれば、ホタル同志には5000万本ものつながりがいることになる。だが、4~5匹の近くのホタルがつながるだけでも同期発光はできる。ワッツはこれに着目した。クラスター同志をつなぐ長距離のリンクを加えるだけで、少数の弱い絆がネットワーク全体をつなげ「スモール・ワールド」も同時に実現できたのだ(2)。つまり、閉鎖クラスターがもたらす「安心」とスモールワールドにつながる「信頼」の双方をあわせ持つネットワークを「スモール・ワールド・ネットワーク」と呼ぶ(3)。
その後、スモール・ワールド・ネットワークは、電力系統、線虫の神経細胞等、様々なネットワークに共通する現象であることが発見されていく。ダンカン・ワッツに触発された研究で、インターネット、食物連鎖等、社会学、経済学、情報工学、生物学と幅広い分野にわたって「複雑ネットワーク」という新たなパラダイムが注目を集めることになったのだ(4)。
ハブでつながるインターネット
1957年に人工衛星スプートニクの打ち上げにソ連が成功したことは米国に大変なショックを与えた。アイゼンハワー大統領は、国防総省に高等研究計画局、アーパを設置するが、一年も経たないうちにNASAが設立され、アーパはその役割を失う(2)。とはいえ、アーパはひとつの置き土産を残した。インターネットのベースとなったのだ(1)。カリフォルニア州のサンタ・モニカには、核兵器増強のため1946年に設立されたシンクタンク、ランド・コーポレーションがあるが(1)、1964年に核兵器攻撃に強いネットの構築をポール・バランは命ぜられる。そこで、バランは漁網型の「分散型ネットワーク」と「階層分散型」と二つの分散型ネットワークを提唱いた。バランは漁網型のネットの方が生き残りやすいと指摘した。バランは、ノードあたりの平均リンク数を「冗長度」と称し、3以上の冗長度があれば非常に激しい攻撃にもネットワークは耐えられるとした。1969年12月には、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とサンタ・バーバラ校、スタンフォード大学、ユタ大学と4台のコンピューターがつながれアーパネットと呼ばれた(2)。
1998年、ベル研究所のビル・ チェスウィックとカーネギー・メロン大学のハル・バーチは5年もかけて、発展しつつあるネットの地図を完成させたが、それは、バランが攻撃に弱いとした階層型ネットワークに似ていた。とはいえ、そこには、バランも気づかなかったメリットがあった。ランダム・ネットワークで予想される100倍もクラスター化していたのだ(2)。
ソウル大学を卒業し、インディアナ州にあるノートルダム大学のポスドクだった鄭夏雄(チョン・ハウン)は、ハンガリー出身のアルバート=ラズロ・バラバシ(Barabási Albert-László、1967年~)から依頼を受け、ネットのマップづくりのロボットを作った。バラバシらは、このロボットを使って、ノートルダム大学の32万ページものドキュメントがどのようにリンクされているのかを調べてみた(1,2)。すると、82%のページは3以下のリンクしかないのに、42は1000以上のリンクでつながっていた。バラバシらは、続けて2億300万ものウェブを調べてみたが、同じく90%が10以下のリンクしかなかったが、3つは100万近いページから参照されていた(1)。ノードを持つリンク数は倍になるごとに5分の1となる「べき乗則」に従っていたのだ(2)。ネット上ではごく少数の有名なサイトが数百万単位のリンクを集める一方、ほとんどのサイトはわずかなリンク先からしかリンクされていない。人間関係でも非常に多くの知人がいる人が少数いる一方で、ほとんどの人はそれほど知人は多くはない。生体内での化学作用も、ごく一部のたんぱく質が多数のたんぱく質と反応する構造になっている。このように、一部のノードが多くのノードとつながり、多数のノードはわずかなノードとしかつながらない性質を「スケールフリー性」と呼び、リンクが集中するノードを「ハブ」とも呼ぶ(4)。インターネットは、ワッツとストロガッツの想定とは異なり、少数のハブが膨大なリンクを持つ「スケール・フリーのスモールワールド」だったのだ(2)。
成長と優先を加えたバラバシ=アルバートモデル
エルデシュとレーニイの影響で、ネットワークはランダムなものと想定されてきた(2)。ランダムのモデルは、①数多くのノードが既に存在している、②すべてのノードは平等である、という二つを仮定とし、40年もこの仮定は疑問視されてこなかった(1)。ワッツとストロガッツは、ランダム・ネットワークとクラスターの存在の折り合い付けることには成功したが、①ネットワークが成長しない、②コネクターが存在せず平等につながるという点で現実性を欠いている(2)。両モデルとも、ネットにあるハブの存在が説明できないのだ(3)。そこで、1999年、バラバシとその学生だったレカ・アルバートは、「スケール・フリー・モデル」を誕生させる。 バラバシのモデルの特徴は、①ネットが成長していくこと、そして、②リンクは優先的に選択され、強いものに引かれやすいという2点だ。ただ、成長するだけで優先的選択がなければハブはできないし、優先的な選択だけがあっても、成長しないとネットは静的モデルに逆戻りしてしまう(1)。
システムの安定性
様々な撹乱に対して、どれだけ耐性のあるシステムが構築できるのだろか。システムの安定性では、頑健性(ロバストネス)が決定的に重要だ(1)。バラバシ、アルバート、鄭夏雄は、ネットワークを人工的に破壊する実験をしてみた。まず、ランダムにノードを除去してみると72%が生き残っていても、28%という臨界値に達すると、ネットワークは突如としてバラバラに解体してしまった。ランダムなネットは、ノードあたりの平均リンク数、冗長度が多くても意外に攻撃には弱いのだ(2)。 一方、スケール・フリーのネットでは、少数のリンクしか持たないノードは、ネット全体の統合にはほとんど寄与しておらず、あまり重要度ではない(1,2)。このため、実に全ノードの80%を除去しても、残りの20%が手をつなぎあって、ひとつのクラスターを維持していた(1)。ネットはハブの働きによって、なんとか統一性を維持できていた(2)。このシステムの頑健性は、ランダム・ネットワークには見られないスケールフリーのネットワークの大きな特徴である(1)。ところが、多くのつながりを持つハブを破壊すると、わずか18%を狙い撃ちしただけで、システムはバラバラになってしまった(2)。
スケールフリーのネットには、ネットワーク障害への頑強性が高いという特徴がある。全ノードの5%が壊れても、代替経路が存在することで、システム全体はほとんど影響されない。だが、一方で、特定の重要なハブをピンポイントで狙った攻撃に対しては脆弱だという弱点も併せ持つ。上位5%のハブが壊れてしまうのだ(4)。
ハブ「タンパク質」を狙い打ちされると細胞は死ぬ
ネットの脆弱性への研究を終えたバラバシと鄭夏雄(チョン・ハウン)は、次に細胞活動のベースとなる化学反応に着目した。1999年にノースウェスタン大学の生物学者と協働して43種類の生物を調べたのだ(2)。当初、バラバシは、生物が大きくければ、その隔たりも当然大きくなるだろうと考えていた。だが、予想に反し、単細胞生物も多細胞生物も三次の隔たりしかないスモール・ワールド世界だった(1)。例えば、大腸菌の代謝反応は700以上のノードと1000近いリンクからなる複雑なネットワークである。だが、大半の細胞は同じハブを持ち、リンクが多い分子は、ATP、ADP、水と十番目まで同じだった。実は、細胞内でもリンクが多い分子は、進化の早期段階で産まれている。とはいえ、43種類の生物の代謝ネットワークにすべて共通して現れる分子はわずか4%にすぎない。つまり、ハブは共通であっても、リンクが少ない分子は生物種によって違うことがわかる。大半の分子はひとつか二つの反応にしか関与していないのだ(2)。
2001年に、バラバシはノースウェスタン大学のショーン・メイソンと協働し、ネットと同じく、酵母の生化学的ネットワークを破壊する実験を行ってみた。ビール酵母やパン酵母等で知られるサッカロミケス属の酵母は(2)、真核生物の中でも最もシンプルで(1)、1996年にすでに完全なゲノム地図が完成されている。それは、16本の染色体と6200の遺伝子からなる。この酵母のネットワークのうち、90%のタンパク質はリンクが5以下しかなく、酵母が生きるために不可欠なタンパク質は20%ほどだった。一方、0.7%しかないタンパク質がハブとなっており、そのリンクは15を超えていた(2)。つまり、酵母のタンパク質の相互作用もスケールフリーだったのだ。ネットと同じく、リンクが少ないタンパク質で突然変異が起きても酵母が死ぬ確率は20%以下でしかなく、そのシステムは頑丈だった。だが、リンクが多いタンパク質だけを狙い撃ちし除去すると崩壊がおきた。ハブであるタンパク質を壊されると60~70%の細胞は死んでしまったのである(1)。
【引用文献】
(1)アルバート=ラズロ・バラバシ「新ネットワーク思考」(2002)NHK出版
(2)マーク・ブキャナン「複雑な世界、単純な法則」(2005)草思社
(3)増田直紀「私たちはどうつながっているのか」(2007)中公新書
(4)ウィキペディア
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