地下資源に依存する近代農業
リンは、DNAやRNA、細胞膜を含め、すべての生き物に欠かせない。人間の骨も作っているし、リンが不足すると植物も育たない(1,2)。リンがなければ、世界は食料を栽培できないし、リンは人工的に製造したり、合成することもできない元素だ(1)。 1950年以来、世界人口は約42億人も増えているが、これを養うことを可能としたのは「緑の革命」だった。とはいえ、緑の革命には灌漑用水や窒素が必要だし、リン肥料がなければ、けっして実現しえなかったであろう(2)。集約農業はリン酸資源に完全に依存している。リン肥料がなければ、イギリスのコムギ収量は、9t/haから4 t/haと半分に低下するといわれる(5)。
全世界では毎年1億5800万トンのリン鉱石が採掘され(5)、そこから抽出された1700万トンのリンが農地に施肥されている。だが、その需要は年率約3%で増えている。さらに、開発途上諸国では豊かになった人々が多くの肉を消費することで、その使用量が加速化している。バイオ燃料用の作物を栽培するにもリンが必要だ。だが、リンは地球の地殻には比較的稀で(2)、バイオマスや海鳥の糞と、それぞれ起源は異なるが、石油もリン鉱石も長期的な地質的時間をかけ形成された限りある化石資源である。そして、石油には代用品があるが、リンには全くそれがない(1)。
なればこそ、リンの枯渇問題は古くから問題視されてきた。1938年にはフランクリン・ルーズベルト米大統領が、議会で「農業や土壌保全だけではなく、国民の健康や経済安全保障上でもリンの重要性を過剰評価しすぎることができない」と述べ、とりあげたことがある(1)。米国の農地のリン含有量が減っていること。そして、不足が低収量や生産物の品質低下につながる恐れがあると警告したのである。この警告を受け、農業技術者たちは、増加する食料需要を満たすため、リンを豊富に含む鉱床の採掘に励んだりした(2)。
150年先にはリン鉱石は枯渇する
今、世界のどの農民たちも収量を増やすため、リン肥料を施肥している。だが、あたりまえにも見えるこのプロセスは無限には続かない(2)。シドニー工科大学のダナ・コーデル博士は「50~100年後には現在の世界の鉱床は枯渇してしまうでしょう」と語る(1,3)。オーストラリア連邦科学産業研究機構で持続可能農業の研究主幹を務めるリチャード・シンプソン博士もこう語る。
「枯渇するのは、70年、90年、おそらく、150年後かもしれません。ですが、世界の高質なリン資源はかなり限りがあることがわかっています。それまでに、より高価格となるリン資源が私たちには残されるのです」(3)
国際肥料開発センターは、以前に想定されていた以上にリン鉱石があると発表した。だが、シドニー工科大学の持続可能な未来研究所長のスチュアート・ホワイト教授は、同センターの数値の解釈には注意が必要だ、と警告してみせる。
「このリポートは、食料生産にもたらす『ピーク・リン』の恐るべき結果は認めていますが、リンはまだ何百年分も残されていて、差し迫った危機は全くないとの結論を下しています。とはいえ、この結果は行動しない理由として解釈すべきではありません。600億トンというこの新たな数値には、非常に質が低く、アクセスも困難で、経費がかかる地下に埋蔵するリン酸の評価だからです。加えて、この評価が実際にどれほど信頼できるか不確かです。最新リポートは、モロッコのリン鉱石の推定埋蔵量を約60億トンから500億トンまで増やしていますが、モロッコの鉱山会社もモロッコに次いで世界で二番目に大きいリン鉱床を管理する中国の公社もその商業データを出していません」
ホワイト教授の指摘どおり、リポートは、モロッコの採掘経費のデータはなく、二次データに基づく予想評価だと認めている。
「作物を生産するために農民たちが農地に投入できるリンと地下に埋蔵するリンとでは大きな差があります。経費がかさみ採掘が困難で、ほとんどの農民が手に入れられなければ、何百万トンあると言っても、食料安全保障からすれば、無意味です。しかも、ピークが先延ばしされるとはいえ、たかだか数10年後のことです。新たな数値で根本的な問題が変わることはありません」
前出のダナ・コーデル博士もこう説明する。
「世界に残された鉱床は、さほどリンを含まず、多くの汚染物を含み、アクセスが困難であったり、環境的文化的に鋭敏な地域にあります。採掘や加工には大量のエネルギーや経費を要し、大量の廃棄物を産み出す状況へとシフトしています」(4)
増え続ける需要を満たすための多くの鉱山は劣化し、まずます深い層まで掘り下げ、質が低い鉱石を採掘しなければならなくなってきている。つまり、リン鉱石が完全に枯渇するはるか以前から資源不足の影響は出ることになる(2)。
ピーク・リンは25年先
ピーク・リンは既に過ぎていると評価する人もいる。2007年のEnergy Bulletins誌に掲載された論文で、カナダの物理学者パトリック・デリーとバード・アンダーソンは、ピーク•リンは1989年だったと主張してみせた。だが、ホワイト教授とコーデル博士は、1989年以降のリン生産の衰退は、ソ連崩壊とヨーロッパでの肥料飽和によるもので、一時的なものにすぎなかったと論じている。では、正確にはいつなのか(1)。
ホワイト教授らは、非再生可能資源の採掘に際し、差し迫る経済やエネルギーの逼迫状況を考慮に入れた分析を行い、2009年に、グローバル環境チェンジ誌に論議を呼んだ「2030~2040年のピーク・リン」を発表した。ホワイト教授は言う。
「それは既に現れつつある危機なのです(1)。ピーク・リンは、リンが枯渇する時期としてよく誤解されますが、実際のところは、経済とエネルギー的な制約のために、もはや生産が需要に対応できなくなる時期のことを言います。つまり、すべての鉱床が枯渇する時期よりもはるかに早く起きるのです(4)。今は、代金さえ支払えば、リンが手に入れられます。ですが、世界的には20~25年後にストックはピークに達します」(1)。
コーデル博士も要求が供給を追い越し、価格が急騰するポイント「ピークリン」は、世界のリン鉱石が枯渇するはるか以前、25年以内に到達すると述べる(3)。イギリスの土壌協会が2010年に出した最新リポート『石と困難な場所:ピーク・リンと食料安全保障への危機(A rock and a hard place: Peak phosphorus and the threat to our food security)』もリン鉱石が以前想定されていたよりも急速に失われていて、供給の減退と価格高騰が世界の食料安全保障にとって新たな脅威であり、最近分析では、早ければ2033年には供給が不足して価格が高騰する「ピーク•リン」に直面することとなる、と主張する(5)。
ピーク・リン以降の世界
既に、兆候は現れ始めている。2003~2008年にかけて、リン酸肥料の価格は約350%も値上がりした(2)。この燃料代と肥料価格のアップが一因となり、2008年の食品価格の高騰につながり、40カ国以上で暴動が起きた。この暴動は食料供給不足で引き起こされる社会的な激変の事例ともいえる。リン資源が安定供給されなければ、グローバルな農業生産は低迷し、地球全体の食糧安全保障が大混乱に陥る脅れがある。人々は深刻な栄養不足を被るであろう(2)。今後、15年で世界人口がさらに20億人に増加すると予想されているが、リン不足は食料安全保障にとって深刻な脅威となろう。オーストラリア連邦科学産業研究機構のランド・ウォーターの環境生物化学プログラムの主任研究員、マイク・マクラフリン博士は言う。
「リンはなくなりはしません。ですが、かなり高額になりましょう。現在も肥料は農民たちにとって投入資材コストが大きいひとつで、原料価格が値上がりするにつれ、食品価格もあがるのです。挑戦は重要です。なぜなら、世界の人口が増えているからです。食品価格がかなり高騰すれば、社会的コンフリクトが発展するという問題があると思います」。
リン不足が解消されなければ、近年、イタリア、タイ、メキシコ、インド等の国で起きた食料暴動は、さらに広がる潜在的な暴動の前触れとなろう(3)。リン問題はこれほど決定的な問題だ。だが、グローバル政策議論にからはなぜか抜け落ちている(5)。国連他でも注目されず、管理もされず(1)、リン枯渇と生産の落ち込み、食料価格高騰に対処する準備ができていない(5)。 2007年から2008年にかけ、リン酸肥料の需要が供給を超えると、燐灰石(phosphate)の価格が50ドル/トンから400ドルへと8倍になった(1,5)。リン鉱石の2010年現在の価格は2006年の約2倍だ(5)。この急騰を受け、リン不足や持続的な解決策を研究し、政策を議論するため、ホワイト博士やコーデル博士、そして、オーストラリアの持続可能な将来研究所、スウェーデンリンショーピング大学とストックホルム環境研究所、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学、オランダのワーゲニンゲン大学の科学者たちは、2008年にグローバルリン研究イニシアティブを形成した(1,4)。イニシアティブは、2010年2月25日と26日にかけ、国際ワークショップを開催し、国連の注意を得ることを望んでいる(1)。
なお、コーデル博士の論文、『リン物語:食料安全保障のためのグローバルなリン枯渇の持続可能な示唆(The Story of Phosphorus: Sustainable Implications of Global Phosphorus Scarcity for Food Security)』はリンショーピング大学から2010年の2月4日に電子書籍として出版されている。
「残されたリン鉱石の品質は低下しています。私たちはその使用からシフトすることを強いられるでしょう。どんなただ一つの即効薬解決策もありません」と、コーデル博士は言う。要求が供給を追い越し、不足、価格ショック、暴動、飢餓と戦争とよくある筋書が続く。要するに、ピークリンは、ピーク・オイルの歓迎されない続編かもしれない(1)。
アリゾナ州の食品マーケティングの専門家マーク・エドワーズも、世界の食料生産で最も深刻な二つの問題は、水とリンだと述べる。2009年にエドワーズは、世界農業の危機について『クラッシュ!。化石食料と豊かさ成長の消滅 (Crash! The Demise of Fossil Food and the Rise of Abundance )』を書いた。この本には、噂の広がり、思惑、貯蔵されるリン資源、ガードされる鉱山、輸出規制、価格高騰、破産する農民たち、ヒステリックに書き立てるプレスとリン資源が枯渇する最後の日の姿が描かれる。
エドワーズは、アリゾナ州で「リン・イニシアチブ」を共同設立したが、その理由をこう語る。
「自分の計算が正しいことを確かめたかったからです。もちろん、計算が間違いであることを願っています。そして、農民たちが廃棄物から養分を回収するのを応援したいのです。ですが、ほとんどの科学者たちはそのことを意識していません」
アリゾナ州立大学の准教授、ジェームズ・イレーサー博士もピーク・リンのことを「まだ、誰も耳にしていない最大の問題」と呼ぶ。イレーサー准教授は、州立大学に新たな研究グループ「持続可能なリン・イニシアティブ」を立ち上げた。
「タイムスケールの範囲と緊急性が限定される必要があります。いまだに、ピークについてのコンセンサスは得られていません。もし、30年間が真実であるとするならば、飢餓問題からして、その結果は、気候変動よりもはるかに深刻です。なぜなら、食べ物なしで、私たちは生きられないからです」(1)
偏った資源が紛争を招く
地理的にリン鉱山が偏っていることも、深刻な資源争奪戦を招く脅れがある。リン鉱床の約90%は、モロッコ、中国、南アフリカ、ヨルダン、米国の5カ国に集中しているのだ(2,3)。OPEC12カ国がコントロールする石油は75%だが(1,2)、だが、たった3カ国が世界のリン鉱石の知られる鉱床の73%を制御している(1)。2009年には全世界で1億5800万トンのリン鉱石が採掘されたが、中国(35%)、米国(17%)、モロッコと西サハラ(15%)と67%が三ヵ国産なのである(5)。
米国にはリン鉱山が12しかない。そのほとんどがフロリダとノースカロライナ州にあり、最大の鉱山はフロリダ州のものだが、その生産は急減し20年以内に商業ベースで枯渇するとされている(2)。米国には、あと25年分のリン鉱石しか残されいない(1)。米国は何十年もリンを輸出し続けてきたが、現在は輸出を止め、2004年にはモロッコと自由貿易協定を結んで、現在必要な供給量の約10%を同国から輸入している(2)。
モロッコは、西サハラにあるリン鉱山の多くを占領し、国際的人権問題や国連の取引非難を無視し、米国に輸出している(1,2)。モロッコに次ぐリン資源は中国にあり、全体の27%を占める(1)。だが、中国も2008年に135%の関税を急遽設け(2)、輸出規制に踏み切った(2,5)。オーストラリアは毎年の必要とする燐酸塩の半分を採掘する。ほとんどが、クイーンズランド州のマウント・アイザの東南のリンの丘鉱床からだ(3)。ヨーロッパもリン鉱石を輸入に依存している。鉱床の地理的集中が将来的な資源確保をさらに不確実なものとしている(5)。この事実は、国際的な緊張を高め、国家が国境を引くことにも影響するかもしれない(2)。ホワイト教授は言う。
「世界に残された鉱床の85%はまさに5カ国がコントロールしています。2008年にはリン鉱石の価格が8倍に高騰することを目にしましたが、これは再び起こりうるのです」
ホワイト教授とコーデル博士は、EUやオーストラリア、サハラ以南のアフリカ等のリン輸入地域は、今後、食料生産に欠かせないリン資源は、ますます地政学の緊張や価格高騰を受けそれに依存する余裕がなくなると警告する(4)。国連はリン資源他の資源の輸出規制の禁止令を出しているが、その効力は不完全だ。2008年の食料危機が色あせるにつれ、関税は撤廃されてはいるが、その供給が世界的にやせ細れば、こうした貿易障壁の賦課は、あたりまえの出来事となろう(2)。
ピーク・リンへの対応策は3R
では、どうすればいいのだろうか。土壌協会のリポートを書いたイソベル•トムリンスン博士はこう言う。
「いかなる農業を行うのか。何を食べるのか。そして、人間の排泄物にどう対処するかを抜本的に考え直すこと。それが、リン鉱石に依存せずにリンを適切に維持できることから、将来的な食料供給を確実にするうえで重要です」(5)
研究者たちは、リンの供給危機を回避する唯一の方法は、3R、すなわち、リデュース、リユーズ、リサイクルに取組むことだと言う(1)。ダナ・コーデル博士も近代農業はリン鉱石を肥料として使うことに依存し過ぎていると述べる(3)。
「私たちは事実上、リン鉱石依存症になっているのです(1,3)。私たちはリンを採掘し続けていますが、鉱床の寿命を延したいならば、かなり採掘率を落としたうえ、もっとリサイクルをしなければならないのです(1)。長期的な食料生産のためにリンを確保するという考え方が政府にはまったくありません。正確な時期がいつであれ、いま行動する必要があることは明らかです。これは、再生可能なリン肥料、つまり、人間の排泄物、厩肥、食物残渣からリンをリサイクルすることに投資し、採掘から施肥、食品加工でのリンの効率性を高めることを意味します」(4)
順番にみていこう。コーデル博士は、ひとつの選択肢が肉を食べる量を減らすことだ、と言う。
「肉中心の食事は菜食主義よりも2~3倍も多くの燐酸塩が必要となるからです」(1,3)
ホワイト教授も言う。
「このことは人々が豊かさだと考えることの核心を突いています。2050年に米人やオーストラリア人と同じ食事を90億人がする余裕があるでしょうか。答えは明らかにノーです。ガンジーが口にしたように『誰しものニーズのためには十分でも、誰しもの強欲のためには十分ない』のです。 もちろん、私は、他の人が何を食べるべきかと言う資格はありません。とはいえ、西洋工業国の人々には選択枝があります。肉食をする必要は全くないのです」(1)
野菜と比べ、家畜生産は多くのリンを使う。農法や肉の種類によってリン需要には違いがある。無化学肥料で栽培された草で飼育された家畜の肉は、人工肥料を用いた穀類で飼育された家畜からの肉よりもパフォーマンスがずっといい。とはいえ、肉を食べる量を減らすことで、リン鉱石需要は減らせる(5)。
インド人たちが肉中心の食事をすれば、インドのリン需要はたちまち3倍になる。だが、西洋風の食事が世界全体で野菜食に変われば、世界のリン酸肥料需要を最大45%も減らせることが研究からわかっている。つまり、グローバル化に抵抗し、肉需要をあえて減らすことが第一歩なのだ(1)。
排泄物をリサイクルする
石油とは異なり、使った後でリンは回収できるから、リユースやリサイクルが可能だ。何千年間も、農民たちは、厩肥と人糞を土地に戻し、まさにそれをしてきた。だが、近代農業は、家畜飼料はしばしば何千マイルも離れたところにあり、トイレは人的廃物を水で流す(1)。
ホワイト教授やコーデル博士によれば、全世界では、消費される5倍以上ものリンが採掘されている。別の言い方をすれば、毎年食料生産のために、1500万トンのリンが採掘されているのだが、その80%は食卓には達していない。農民たちは、肥料を使いすぎ、河川、湖沼、海洋を汚染しているし、工業型の農業は、収穫後の作物残渣も土壌に還元していない。また、多くがまだ食べられるときでさえ、消費者たちがその食べ物の3分の1を捨てている国すらある。非能率と浪費によって失われている(1)。
「人類の6人に一人は飢えています。彼らの多くは貧しい農民たちで、その農地はリンが不足し、肥料も手に入れられません。一方で、リン汚染による富栄養化やデッドゾーンが世界的に広がっている。今の食料生産でのリン管理を再考する理由は、それだけで十分だと思います」とコーデル博士は言う(4)。
リン肥料の供給減少で、一番被害を受けるのは、飢餓の瀬戸際で生きる開発途上地域の何百万人もの農民たちだ(2)。アフリカは、リン鉱石の最大の輸出国でありながら、食糧不足が最も深刻な大陸だ(1)。マイク・マクラフリン博士も、この地球上の農民たち誰もがリンに依存しているが、鉱物供給が平等には分配されていないことを指摘する。
「私は、食物価格がもっとかかることに慣れなければならないと思います。そして、いかに、開発途上国の絶望的な所得が私たちとは同じではない発展途上国をいかに支援するかを本当に考えなければならないと思います」(3)
人間を含めて、哺乳動物は体内に取り入れたリンのほぼ100%排泄する。つまり、厩肥はリンの最大の再生資源なのだ。だが、研究からは、世界でその半分しか農地に還元されていないことがわかっている(1)。おまけに、人間の排泄物であるスラッジや下水で農地還元されているのはたった10%だけなのだ(1,5)。そこで、毎日食べる肉や野菜、そして、トイレで流す糞尿中に含まれるリンをリサイクルすることが大切となる。 2009年にシドニーで開催された会議コーデル博士は言う。
「世界的に見れば、私たちは小便と糞で300万トンのリンを発生させています(3)。糞尿について真剣に語る必要があります。50~100年スパンで考える必要があるのです」
例えば、人間から排出されるリンの50%以上が尿には含まれている(5)。尿中の養分は、必要とする食料の少なくとも半分を作り出すために十分なのだ。ヨーロッパでは、廃水を資源としてではなく、汚染物質とするモノの見方が社会的には行き渡っているが、それは「尿の盲目」と呼ばれた。フランスの小説家ヴィクトル・ユーゴーも、19世紀中期に水洗トイレが導入されてほどなく、『レ・ミゼラブル』でそれをとりあげた。人糞尿をリサイクルするために、ローマ時代の皇帝ネロは、「尿の税」を設けていた。大都市は最も強力にして最大の「糞工場」なのである。研究者たちは、都市が、周囲の農地を肥沃にする尿と糞のリンの「ホットスポット」になると考えている(1)。
土壌協会のリポートも、現在のトイレによる排泄物の処理方法を根本的に変えることを推奨する。現在のEUの有機基準では、下水汚泥の農地還元を認めていないのだが、リンを確保するため、基準を変えるよう提唱している(5)。
現在はまだ回収されていないが、リン資源をリサイクルするための運動が進みつつある(3)。例えば、スウェーデンは2015年までにリンの60%を農地に戻し、リサイクルする計画を立てている(1)。スウェーデンのいくつかの地区では、大量にリンを含む尿を液体肥料として使えるように尿を分離する新たな尿トイレの使用の強制をはじめた。持続可能な未来研究所もシドニー技術大学のブロードウェイ・キャンパスでこのトイレの使用を試している(3)。
リサイクルは解決策の一部
だが、リチャード・シンプソン博士は、オーストラリアではリサイクルは解決策の一部にしかならないと述べる。
「農業に投下されるリンのうち、約75%は土壌に集積し、20%が輸出され、5%だけが国内消費されています。ですから、オーストラリアが廃棄物を効率的に完全リサイクルしたとしても、現在の生産水準を維持するのに必要なリン酸量を補うことは絶対にできません」
そこで、シンプソン博士は、リン投入が少なくても機能する農業システムの開発に重点をおいている。
「それは作物や牧草の生産効率をあげることを意味します。いくつかの植物は自然でも極めて効率的にリンを使っています。農業上で重要な作物にもこうした特色が必要です」
それは、リンを効率よく土壌から吸収できる品種を育成することで達成できよう。「さらに一歩進めるために、遺伝子工学を用いることも可能かもしれません」と博士は言う(3)。
降雨量が多かったり、潅漑が用いられている沿岸地域では、リンは土壌から流失していく。だが、マイク・マクラフリン博士は、施肥技術の進歩で、河川や海洋に失われるリン酸の量を減らせるとも言う。「そうした状況では、緩効性肥料は能率を劇的に改善できます」クイーンズ・ランドの資源マネジメント部のフィリップ・ムーディ博士が2010年に世界土壌学会議でプレゼンされた研究も参考になる。博士らは、北部ニュー・サウス・ウェールズとクイーンズランド州の南部と中央領域からの土壌を分析し、リンとカリが土層10cmに蓄積する傾向があることに気づいた。伝統的には、その10cmに施肥がされている。また、そこがサンプリングがなされ、土壌中のリン含有量が測定される場所でもある。だが、乾燥条件下では、このリンは根にほとんど達しないために、植物にはほとんど価値がない、とムーディ博士は指摘する。
「私たちは、心土中のリンやカリウムのストックを評価する必要があります。これは主に農法の問題なのです」(3)
ジェームズ・イレーサー准教授もこう述べる。
「リンを捕らえるために発明される必要があるのは全産業です。人間のリン循環を閉じることが大切なのです。メキシコ湾にリンを流し去るかわりに農地にそれを保つ作物を育てる新たな方法が必要です。より効率的な植物も必要です」(1)
リン鉱石への依存度は農法によっても大きく変わる。輪作、緑肥、堆肥を含め、養分を再循環させている有機農業は、来るべきリン鉱石のショックに対して弾力性がある。また、有機栽培された作物の根は密で深い根系を通じて養分を吸収力も大きいから、一般的慣行生産よりも肥料需要が少ない(5)。
要するに、長期的で持続可能な食糧安全保障を担保するには、無駄を省くことで、リン鉱石需要を劇的に減らす必要がある。これにはトーテクとハイテクの解決策の組み合わせを必要としよう。土壌侵食を防ぎ、より狙った施肥法を開発し、リンで効率的な作物を創り出すのだ。
幸いなことに、化石燃料とは違って、リンは何度も再利用が可能だし、それは、自然生態系で起きていることだ。もし、この挑戦が達成できなければ、人類はいまだかって経験したことがない規模でマルサスの飢饉の罠に直面する。多くの国が食物を国民に提供できなくなり、こうした分裂の地政学的な影響は深刻となろう。とはいえ、この暗いシナリオが私たちの運命である必要はない。もし、持続可能な農業とともにリンの持続性を高める挑戦に成功すれば、家族、コミュニティ、そして、国々は健康的な栄養を確保でき、河川、湖、海洋がきれいな生活のある未来に期待できるのである(2)。
【用語】
国際肥料開発センター(IFDC= International Fertilizer Development Center)
シドニー工科大学(University of Technology, Sydney)
ブロードウェイ・キャンパス(Broadway campus)
持続可能な未来研究所(ISF= Institute for Sustainable Futures)
オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO =Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)
持続可能なリン・イニシアティブ(Sustainable Phosphorus Initiative)
グローバル・リン研究イニシアティブ(GPRI= Global Phosphorus Research Initiative)
リンショーピング大学(Linköping University)
ワーゲニンゲン大学(Wageningen University)
ストックホルム環境研究所(SEI= Stockholm Environment Institute)
ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC= University of British Columbia)
グローバル環境チェンジ誌(journal Global Environmental Change)
【人名】
ダナ・コーデル(Dana Cordell)
リチャード・シンプソン(Richard Simpson)
スチュアート・ホワイト(Stuart White)
パトリック・デリー(Patrick Déry)
バード・アンダーソン(Bart Anderson)
マイク・マクラフリン(Mike McLaughlin)
マーク・エドワーズ(Mark Edwards)
ジェームズ・イレーサー(James Elser)
イソベル•トムリンスン(Isobel Tomlinson)
フィリップ・ムーディ(Phillip Moody)
【引用文献】
(1)Melinda Burns, The Story of P(ee), Real Solutions. Miller-McCune, February 10, 2010.
(2)James Elser and Stuart White, Peak Phosphorus, and Why It Matters, Foreign policy, APR 20, 2010.
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