ピーク・オイルと関連する問題を考えると、まず、最初に頭に思い浮かぶのは、交通や電力、プラスチックだろう。だが、一番絶望的なのは思い浮かびそうにない農業なのだ。 近代農業には石油や天然ガスが欠かせない。トラクタや農業機械もそれで動く。自家用車に乗れなくても別の交通機関があるし、貨物トラックも一部は鉄道で代替えできる。だが、トラクタやコンバインを代替えできるのは馬か牛しかない。
トラクタは一時間で0.9~1haを耕せるが、馬は同じ面積を一日かけてやっとこなす。おまけに、馬を扱うには多くの技量が必要だし、農地の一部を作物ではなく、飼育用の餌のために確保しなければならない。馬と人力だけで、広大な米国のトウモロコシや小麦畑を収穫する光景をイメージして欲しい。畜力ベースでは、どうみても近代農業の収量を維持できそうもないではないか。
だが、ディーゼルは石油や天然ガスの一用途にすぎない。さらに重要なのは石油化学製品だ。
石油化学製品
窒素は最も重要な肥料だが、1920年代にハーバー・ボッシュ法が実用化されて以来、水素を窒素と結合させることで、アンモニアは合成されている。それには、高温・高圧が必要だし、大量のエネルギーを使うことにもなる。そして、窒素は大気中から得られるが、水素は天然ガスから確保している。化学肥料の使用量は1960年代後半から1980年代前半にかけて二倍以上に増え、そのおかげで、農民たちは輪作をせずにすむようになった。それ以前は、地力回復のために、農民たちはマメ科作物を植えていたのだ。そして、大量の除草剤や農薬の生産にも石油や天然ガスは欠かせない。
北朝鮮のケース
この夜の写真を見ていただきたい。日本や韓国と北朝鮮とのエネルギーの使用量の違いがよくわかる。北朝鮮のケースは、石油と天然ガスが近代農業から失われるといったい何が起きるのかをよく教えてくれる。
1953年に朝鮮戦争が終わって以来、北朝鮮は農業の近代化を進め、その収量を伸ばしてきた。トラクタ、機械、化学肥料、除草剤、農薬。効率的な近代農法によって伝統農業を打ち捨ててきた。だが、ソ連が崩壊すると北朝鮮に対する支援は打ち切られ、すべてをキャッシュで取引しなければならなくなる。北朝鮮には石油も天然ガスもない。すべてを輸入しなければならない。その結果、経済は崩壊し、エネルギー供給は落ち込んだ。
地力は減退し、生産は落ち込み、無化学肥料での生産で、農地は痩せていく。ロスを代替するには伝統農法は小規模すぎ、家畜も不足していた。トラクタや輸送、農業機械類は錆び付いて放置され、1990年代後半には機械化された農場のわずか20%しか機能していなかったとされる。1980年代後半には労働力人口の25%が農業に従事していたが、1990半ばにはこれが36%に高まった。人力しか利用できず、低収量と乏しい資金では、助けとなる肥料やディーゼル、家畜も買えない。マネジメントの失敗や旱魃等もあったとはいえ、北朝鮮の農業崩壊には、石油の損失が最も影響した。
キューバからの希望
北朝鮮のケースは、農業の将来の運命を示唆するが、キューバの事例は必ずしもそうではないことを示す。様々な意味でキューバは北朝鮮とよく似ている。キューバの国土面積は11万1000km2、北朝鮮は12万km2とほぼ同じ広さだし、地理的、政治的にも孤立して、中央独裁政権によって統治されている。だが、人口が2300万人の北朝鮮は、秘密主義、恐怖と恭順主義に頼っているが、人口が1100万人のキューバには、前向きな発想とオープンな指導者がいる。
キューバの経済課題も北朝鮮と同じで、ソ連崩壊に苦しみ、かつ、食料や医薬品の販売を禁ずる米国の経済封鎖にも対処しなければならなかった。問題に直面する中、フィデル・カストロは、見識高き新たな革命を引き起こす。国内農業を集約的なモノカルチャーから、小規模なより有機的な農業へと完全に変えたのだ。輸送コストを削減するため、生産は都市近郊へとシフトする。都市農業が導入され、イギリスのアロットメントのような市民菜園から、都市内やグリーンベルト地域内の組織された農場にまで及んだ。以前に用いられていた石油や石油化学製品を代替するため、トラクタは雄牛に置き換えられ、自然な害虫防除の研究や奨励、農民間の協力の増進、そして、町から農村へと人口の流れを逆転にする政府の政策が講じられた。キューバはすべての問題を解決できてはいない。とはいえ、対処する気があれば、石油を失ってもかなり農業が対応できることを示している。小規模な農業には、輸送を減らすメリットもある。
他国にとっての教訓
北朝鮮やキューバで起こったことは、我々にも起きることを反映している。石油価格の高騰で経済は低迷するだろうし、ディーゼルや石油化学製品価格の高騰で、石油や天然ガスの供給そのものも落ち込んでいく。オレゴン大学の元地質学の教授、ヤンギスト・ウォルター(Youngquist Walter)博士は「ポスト石油パラダイム(The Post-Petroleum Paradigm)」で、こう指摘する。
「作物生産に使うエネルギーの約90%は石油と天然ガスだ。エネルギーの約1/3は穀物生産の投入労力を200時間から1.6時間/haまで減らすことに使われ、約2/3は生産のためのもので、うち、化学肥料生産のためだけで約1/3を占める」
我々は、まだチャンスがあるうちに、近代農業を有機農業にチェンジする必要がある。モノカルチャー農業で失われた養分を土壌に補充するには何年もかかろう。我々は、全世界から農産物を飛行機で運んでくるよりも、地元で生産し、アロットメントや野菜菜園をもっと奨励する必要がある。広い国は、より自立的な小さな区域へと国を分割し、地元で必要な食料は地元で生産しなければなるまい。「ポスト石油パラダイム」で指摘されるように、伝統農法では60億人は養えまい。人口を自発的に減らさなければ、飢餓がそれをすることとなろう。
キューバでは、その全人民の支援の下に、壮大な社会主義的統制を実践している。だが、もっと大きく、工業化が進んだ、レッサ・フェールな国では、ことはこれほど簡単には運ぶまい。イギリス農業は20世紀後半で大きく変化した。我々が近代的な石油ベースのシステムから人間・畜力と有機肥料に基づく農業に戻ることは困難だ。このキューバの展望を受け入れない人々には、CIA World Factbook2007の比較表を考えて欲しい。
|
キューバ |
米国 |
北朝鮮 |
人口増加率 |
0.27% |
0.89% |
0.79% |
幼児死亡率(1000人) |
6.04 |
6.37 |
22.56 |
平均寿命(男女平均) |
77.08 |
78 |
71.92 |
エイズ(成人) |
<0.1% |
0.6% |
? |
識字力 |
99.8% |
99% |
99% |
失業率 |
1.9% |
4.8% |
? |
私は、この表から、キューバが社会主義のある種のパラダイスだとは主張したくない。米国はGDPが格段に高く、毎年数多くのキューバ人たちが米国への移住を希望していることは、何らかの不満、もっと多くの金銭を稼ぎたいという願望があることも示す。とはいえ、ただ金銭だけではなく、暮らしの質も考えれば、キューバは色眼鏡で見られているほどは悪くはないのである。
【引用文献】
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