アジア・アグロエコロジー国際会議
2010年5月18~22日。スリランカのコロンボで、土地農業改革運動(MONLAR= Movement for Land and Agricultural Reform)の招聘を受け、ビア・カンペシーナ(La Via Campesina)は、第2回アグロエコロジー集会を開催した。
第1回は、2009年8月にベネズエラのバリナス(Barinas)で開催されたラテンアメリカ集会だった。種子や知識の独占・民営化、化学肥料や農薬の促進に対し、全世界の小規模農民のコミュニティに新たなアイデンティティをもたらし、抵抗、戦い、そして自治の文化の確立を強化しよう、というのがその目的だった。 第2回は、農民から農民への交流や連帯を強化し、様々な持続可能な農法の長短所を見極め、借金と毒がない世界に向け、アジアにおいてアグロエコロジー運動を展開し、食料主権の原則を実践に移そうというものだ。 この集会には、東アジア、東南アジア、南アジアの8カ国のビア・カンペシーナの参加団体から、持続的農業に取組む農民、プロモーター、トレーナーが参加した。 ビア・カンペシーナの主張は過激だ。
「農民やその家族にとって、まっとうな労働条件を創り出し、環境的にも経済的にも持続可能で、社会的にも公正で文化的にも受け入れられる農業システムを再構築するには、我々はアグロエコロジーしかない、と信じている」
第2回の集会では、企業寄りではなく、まさに農民のための農業改革や食料主権が各国政府で推進されるよう、「アグロエコロジーのための政策創案の枠組み」も叩き台として提唱している(2)。
アグロエコロジーを評価する国連食料顧問
だが、ビア・カンペシーナと同じく、アグロエコロジーを高く評価する人物が他にもいる。まさかビア・カンペシーナの会議と調整したわけではなかろう。だが、まるで歩調を合わせたかのように、一月後の6月21~22日にブリュッセルにおいて国際会議「2050年のグローバルな食料ニーズを満たすためのアグロエコロジーのアプローチの寄与(The contribution of agroecological approaches to meet 2050 global food needs)」が開催されている。
「これが、今、私どもが手にしている最善の選択肢です。それを使わない余裕はないのです」
そうとまで主張し、会議を参集したのは、国連人権委員会の「食糧に対する権利」の特別報告者となったオリビエ・デ・シューター(Olivier De Schutter)博士だ(3)。
日本では著作『世界の半分が飢えるのはなぜ』で有名なジャン・ジグレール(Jean Ziegler)がいる。デ・シューターはそのポストを継承したが、2008年には着任早々、「現在起きている世界的な食料危機は過去20にわたる大国の誤った政策によってもたらされた」と言い放っている。 食料危機に対し、「これはまさに始まりであって、廉価な食料があふれる時代は終わった」と述べ、世界銀行と国際通貨基金(IMF)が農業への投資の必要性を過小評価してきた、とりわけ、IMFに対し「負債を抱える開発途上国に食料自給を犠牲にして、換金作物の生産や輸出を求めた」と非難している(5)。
デ・シューターは、ベルギー人で今はフランスの人権の教授だが、一体どのような思想の持ち主なのだろうか。IPSが会議に先立ち行ったインタビューの一部を抜粋してみよう。
あなたの前任者であるジャン・ジグレール氏は、かつて、子どもが飢餓で命を落とす時に、『その子どもは殺害された のだ』と語っていました。同意されますか
「同意します。毎年、300万人の子どもが栄養不良で死んでいます。そして、開発途上国では3人に1人の子どもが貧血で苦しむ母親から産まれています。それは非常に深刻な問題です。 そして、この状況の原因をたどっていけば、つまるところ、政府によりなされた誤った決定にゆきつきます」
そして、EUのバイオ燃料政策も問題視する。
「バイオ燃料がもたらす大きな影響は、土地を集中させ、土地への不安を高めることです。過去2、3年間の私が訪れた、かなり多くの発展途上国では、農民たちの苦情では、どこでも同じです。自分たちが土地から追い立てられると恐れているのです。先住民族や小規模農民たちの暮らしに欠かせない土地は、必ずしも所有権が法的に認められているわけではありません。なるほど、EUは、バイオ燃料が持続可能に生産されるよう最近認証評価基準を提示しました。ですが、この問題を考慮していません。EUの認証基準に完全に欠けているのは、バイオ燃料生産が農村地域にもたらす格差の影響です。すべてではないにしても、バイオ燃料は一般に、豊かな人にはメリットがあっても、貧しい人の暮らしのためにはならないのです」
デ・シューターは、化学肥料は悪霊として描くべきではなく、土を蘇らせるためには、燐酸塩のような外部投入資材も必要だと認める。だが、遺伝子組換え技術に対しては、かなり批判的だ。
「アグロエコロジーは、作物に焦点をおかず、エコシステムにある植物に焦点を合わせ、植物をはるかに大きいシステムの一部とみなします。ですが、遺伝子組換え技術は基本的に植物を環境から切り離します。しかも、遺伝子組換え技術は、数少ない企業が手にし、知的所有権によって保護された種子に農民たちを依存させます。事実、遺伝子組換え種子は、あるただ一社に明らかに支配されています。モンサント社です。その値段はあまりに高過ぎ、農民たちを借金に追いこむのです。 これに対して、アグロエコロジーは、近代技術に依存しません。地力を高め、作物を栽培するうえで必要な投入資材を地元で生産し、農民たちによって開発された、最善の技術を取り入れることを意味します。しかも、こうした技術のすべてが、かなり生産性を高めると立証されています。実験室で科学的に開発し、次にこの科学を農民たちの見解や本当のニーズを考慮せずに上から落とすというのは、間違ったアプローチなのです。より透明で民主的な公的な意思決定をする必要があります。公共の意思形成も企業利益に影響されるべきではありません」(4)
死闘の開幕
デ・シューターは、国際会議で言う。
「現在、食料を増産に向け、土地把握の多くの例や改良品種、化学肥料と機械と緑の革命モデルに向け、大規模投資のほとんどの努力がされています。ですが、土壌や水、気候を保護しつつ、食料生産と農民所得を改善することが示されているアグロエコロジーには、わずかしか関心が払われていません。この惑星上で10億人以上が飢えており、気候分裂が目の前にある状態で、私たちは早急にこうした持続可能な技術を広めなければなりません。グローバルな飢餓、気候変動、そして、天然資源の劣化に同時に対処する方策を見出さなければなりません。これが欠けたものは徒労に終わるでしょう」
デ・シューターは、食料を増産するには、改良品種や化学肥料、機械に依存する緑の革命モデルだけが唯一の答えではなく、低投入型のアグロエコロジー農法を無視している、と言う。 アグロエコロジーとは、混作、有畜複合農業、アグロフォレストリーを用い、天敵で病害虫を防除し、化学肥料のような外部投入資材の使用を最小に抑える農法だ(6)。デ・シューターが、アグロエコロジーを評価する背景には、英国エセックス大学のジュールス・プレティ(Jules Pretty)が行った開発途上地域の57カ国での3700万haに及ぶ286プロジェクトの調査がある(3)。
「エセックス大学のジュールス・プレティらが行った研究では、アグロエコロジーのアプローチに転換すると、平均79%収量が増加したと結論づけています。それは信じられない結果です」(4)
デ・シューターは、アグロエコロジーの成功の具体例はアフリカに多くあるとし、その事例をあげる。タンザニアでは、シンヤンガ(Shinyanga)州の西部とタボラ(Tabora)は、「タンザニアの砂漠」として知られていたが、アグロフォレスリーと参加型のプロセスを用い、約35万haの土地が20年で復活した。世帯あたりの収益は、年間500ドルも高まった。同じ技術はマラウィ(Malawi)でも用いられ、2005年では約10万もの小規模農家が肥料をもたらす樹木の恩恵を得ているという(3)。
さて、同じく、アグロエコロジーを高く評価し、遺伝子組換え技術に疑問符を付けた『農業科学技術国際アセスメント』に対し、ハーバード大学の農業政策の専門家、ロバート・パールバーグ教授が「アジアで何億人をも空腹と飢餓から解放した緑の革命を勝利ではなく、あたかも悲劇であったかのように信じ込んでいる人々によって書かれているかのように読める」とクレームを付け、アフリカの貧困と飢餓は、バイテクが活用されない結果だと主張していることは、拙著『地球を救う新世紀農業』でも書いた(P158)。
いったいデ・シューター博士とパールバーグ教授のどちらの見解が正しいのだろうか。それには、開発途上国の情報が役立つ。例えば、「第三世界の抵抗」という雑誌をネットで読むと同教授がこんな形で登場している。
「ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、アフリカにおける遺伝子作物の研究開発に多額の投資を行い、それが受け入れられる政治状況を作り出すため、ハーバード大学のロバート・パールバーグ教授を雇った」(1)
米国のように偉大な民主主義先進国の使用言語だ。こうした教授の立ち振る舞いをうまく形容する米語は存在しないであろう。だが、日本のような後進国には、うってつけのいいフレーズがある。「曲学阿世の徒」だ。
一方、デ・シューターは、世界で最も著名な25人のアグロエコロジーの専門家をブリュッセルに集めた。そして、専門家たちは、2050年に世界を養う上で必要なアグロエコロジーのアプローチの政策を特定した。 よくぞ、集めたり。だが、専門家たちが根拠としたプロジェクトの名を聞けば、ビル・ゲイツといえども震撼するのではあるまいか。
アグロエコロジー政策を持つキューバ、そして、アグロエコロジーのトレーニング・プログラムを運営する国際小規模農民運動、ビア・カンペシーナの仕事だ。
デ・シューターは言う。
「私たちは、こうした持続可能な農業モデルを拡大し、最も貧しい農民たちのために確実に機能させられます。今、必要なことは、成功したパイロット・プロジェクトを国家政策にまで動かす政治的意思なのです」(3)
デ・シューターは、キューバ、ブラジル、そして、アフリカにおけるアグロエコロジーの成功は、近代農法にかわるモデルとなるべきだと言う(6)。キューバ、ビア・カンペシーナ、ジュールス・プレティ。いずれも私にはよく馴染むテーマばかりだ。アグロエコロジーは、あくまでも「学」である。だが、エコロジーが「学」から離れ、政治運動となっていったように、アグロエコロジーも国際会議の場で火花を散らしている。ビル・ゲイツと米国VSビア・カンペシーナとキューバ連合軍。これに国連顧問も絡んで、三つどもえの死闘が繰り広げられるとなれば、戦いの帰趨はわからない。だが、野次馬根性をもって今後の展開が楽しめことだけは間違いない。
【引用文献】
(2) Sri Lanka Declaration: Asian Agroecology Encounter, La Via Campesina, 02 June 2010.
(5) 2008年5月3日「国連顧問、食糧危機は先進国の20年の無策が原因と苦言」
画像は、デ・シュータ氏のサイトより
【追加文献】2010年7月11日改正
(6) Agroecological farming methods being ignored, says UN expert, Ecologist, 28th June, 2010.
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