非効率な米国のバイオエタノール生産
複雑な農業経済もエネルギーの面から見てみると、意外にすっきり整理できる。温暖化対策として効果があるとされるバイオエタノールを例にとってみよう。
米国の農地からは約6t/ haトンのトウモロコシが収穫でき、これを加工処理すると1240ℓのエタノールが得られる。だが、原料のトウモロコシを作付け、栽培、収穫するには、約1325ℓ/ haの化石燃料がかかっている。 トウモロコシを砕いて加工処理するにもエネルギーがかかる。92%の水から8%のエタノールを分離するには、最大で3段階の蒸留ステップが必要だし、ガソリンと混合するために99.8%の純粋なエタノールを製造するのにも、さらに処理やエネルギーが必要となる。
「つまり、エタノールを製造するのには、実際にエタノールに含まれるのよりもさらに約70%も多くのエネルギーが必要となるわけです。なぜ、エタノール製造においてエタノールではなく、化石燃料が使われているのかがわかります」
コーネル大学の農業生命科学部のデヴィッド・ピメンテル(David Pimentel)は言う。エタノール製造のため、米国は大企業向けに年間約10億ドルもの補助金を出しているが、それだけが負担だけではない。エタノール生産の経済分析では、環境へのマイナス影響も見落としがちだ。
「米国におけるトウモロコシ栽培では、よく管理された農地よりも12倍も速く土壌浸食が進み、潅漑用の地下水も自然に涵養されるより25%も速くくみあげられています。トウモロコシの栽培環境は急速に劣化しています」
しかも、米国ではトウモロコシの約70%が、家畜や家禽類の飼料となっているから、トウモロコシがエタノール製造に振り向けられれば、トウモロコシの値段があがり、肉、ミルク、卵の値段もあがる。
「エタノール製造用の補助金のための税金を支払うことに加え、消費者として、市場でもかなり高い食品価格を支払うことになります」
米国人たちの自動車は平均年間1万6000キロも走る。ガソリンと混ぜず、純粋なトウモロコシ製のエタノールだけで走らせるには、約3220ℓの燃料が必要だ。これには、7人の米国人を養える4.4haの農地を要する。米国にある自動車すべてを100%のエタノール燃料で動かすには、米国土の97%で原料となるトウモロコシを栽培することが必要となる。 「つまり、トウモロコシは、エタノール生産のための再生可能資源と考えるべきではないのです」(6)
マルキシズムが逸した絶好のチャンス
「取り出すためのエネルギー」が、「得られるエネルギー」よりも大きくなってしまい、資源として価値がなくなること。これをEROI(Energy Return On Investment)と呼ぶ。そして、農業の生産性をエネルギー面から分析する先駆けとなったのは、ピメンテル教授らの1973年の論文、「Food Production and the Energy Crisis」であろう。
では、農業生産をエネルギー面から初めて分析してみようと試みたのは誰なのか。 セルゲイ・ポドリンスキー(Sergei Podolinsky:1850~1891)というウクライナ出身の医師である(1)。当時、ポドリンスキーは、フランスのモンペリエに住んでいたため、フランスの農業統計を用いて、森林、自然牧草地、人工牧草地、小麦畑の生産性を比較してみたのだ。 ポドリンスキーは、飼料や藁のエネルギーを3,750Kcal/kg、小麦を2,550Kcal/kgとし、労力も馬645Kcal/時、人間65Kcal/時とKcal換算し(4)、エネルギーのインプット/アウトプット比を1880年に試算している。そして、試算結果では、人力や畜力が農業に投下されるほど、面積当たりの収穫も増えていた(5)。このことから、ポドリンスキーは、労働力によって「地球のエネルギー蓄積量」が増やせるかもしれないと考えたりした。
この結論は誤っている。ポドリンスキーは、脱穀で使われる蒸気機関のエネルギーのことを考慮しなかった。グアノについても言及し、ボリビア・ペルー同盟軍とチリとの間でなされた硝石戦争(1879~1884)のことも意識していた。だが、肥料のエネルギー換算はしていない。にもかかわらず、ポドリンスキーはその後、確立される農業エネルギー収支と基本的に同じ方法論を早くも用いていたのだった(4)。
では、ポドリンスキーはなぜ、農業生産をエネルギー面から分析しようとしたのだろうか。それは、ポドリンスキーが熱力学の視点から経済の法則を明らかにしようと最初に試みた「社会主義者」だったからだ。翌1881年に発表した記事で、ポドリンスキーは、労働価値説を、自然、エネルギー、そして経済の循環と統合しようとしたのだ。労働価値説(labour theory of value)とは、人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという理論だ。 だが、一方で熱力学も発展していた。フランスのニコラ・レオナール・サディ・カルノー(Nicolas Leonard Sadi Carnot: 1796~1832)が、熱が高温から低温へと移動するときに仕事が発生することに着目したのは1824年のことだし、この理論を発展させ、ポーランド出身の物理学者、ルドルフ・クラウジウス (Rudolf Clausius:1822~1888)は、1850年に熱力学第一法則、1865年には、熱力学第二法則を定式化し、エントロピーの概念も確立している。ポドリンスキーは、自分がカルノーやクラウジウスの後を追っていることを鋭く自覚していた(1)。
ポドリンスキーは、太陽エネルギーのフローと、石炭の形でのエネルギー・ストックを使うことの違いにも言及し、労働が重要なのは、地中に蓄積された既存エネルギーを転換することにあるのではなく、ソーラー・エネルギーの蓄積量を増やすことにあるとした。
「炭鉱労働者たちのエネルギー生産性は、農民たちのものよりは多い。だが、石炭からのエネルギーは一時的なものだ。石炭でなされる仕事は、熱エネルギーの形で必然的に宇宙に放散されてしまう」(5)
そうポドリンスキーは書いている。そして、こう結論した。
「科学的社会主義は、すべての天然資源の不足を克服し、無制限な物質的拡大を可能にすると想定している。そこで、社会主義モデルは失敗している」
ポドリンスキーは、経済成長の足枷となるのは生産関係ではなく、物理学とエコロジーの法則の限界であると結論を下した。熱力学の法則を条件に、より大きなシステムに埋め込まれたサブシステムとしての経済を考えたのだ。そして、その結論をエンゲルスに伝えた(1)。
だが、ポドリンスキーに対するフリードリヒ・エンゲルスの反応は冷たかった。
「ハンマー、ネジ、あるいは針のエネルギー価値を生産コストで計算することは不可能だ。経済関係を物理的に表現することは完全に不可能である」
エンゲルスは、ポドリンスキーの試みをマルクスとも議論しているが、マルクスも熱力学の第二法則には批判的で、沈黙した(1,5)。 かくして、最も早く農業をエネルギー面から分析した人間が、社会主義者であったにも関わらず、マルキシズムは、エコロジー的社会主義を構築する絶好の機会を逸してしまったのである(5)。
伝統農業のエネルギー効率
1940年代以降、生態系におけるエネルギー・フローの研究をはじめたのは、生態学者たちだった。この仕事はピメンテルにも継承されていく。一方で、人類学者たちも伝統農業のエネルギーに着目する。例えば、ロイ・ラパポートの研究(Roy Rappaport, Pigs for the Ancestors, 1967)は、ニューギニアのエネルギー生産性を明らかにしている。そこで、ピメンテルの研究成果を以下に整理しておこう(5)。
焼畑農業システム 2ha/人 8:1
初期の焼畑農業システムは20年間隔で農業を行う。養分が使い果たされまで約2年ほど土地を使い、その後、休閑地に戻す。20年以上の休閑し、耕さないことによって、養分と生産性が回復されるから、持続可能だ。 焼畑農業で使われる化石エネルギーは、斧と鍬の製造だけだが、これらは炭でも生産できるから、基本的に、太陽エネルギーに依存するだけでも可能だ。それ以外に必要となる投入資材は10.4kg/haのトウモロコシの種子だけだ。 約1,944kg/haのトウモロコシ生産にかかる労力は約1,144時間で、これは、年間に成人が働く全労働時間の約60%にあたる。農民は約3,000Kcal/日の食料を消費し、食料を料理するには約6,000Kcal/日の薪が必要となる。したがって、このシステムの入力/出力比は8.4:1となる。ちなみに、トウモロコシ生産に必要な約1,200時間/haの労力は、他地域の作物、とりわけ、穀類でも典型的で、現在の中国では、米国の集約的な穀物生産より、面積比でさらに多い化学肥料や農薬が使われているが、それでも約1,200時間/haの労働力が穀物生産で必要とされているのだ。
とはいえ、一人養うには、最低2ha、5人家族で10haの農地がいるが、このシステムは1haの農地で食料生産をするのに10haの土地を必要とする。現在の世界人口約60億で換算すると、地球上には0.25ha/人強の農地しかない。焼畑農業は持続可能だが、それに必要な土地の1/8しかない。つまり、農地不足が、この技術の制約で、現在や将来の農業として広く役立てるには限界がある。
有機家畜農業 4ha/人 4:1
では、焼畑農業で使う1,144時間の人力を牛力に置き換えてみよう。牛を約200時間/ha使えば、人力は380時間/haまで減り、人力のエネルギーは20万1000Kcalとなる。牛を約200時間働かせるには、150kgのトウモロコシと300kgの飼料の餌がいる。飼料は限界耕作地の2haの牧草から得られるが、トウモロコシの餌分は1,944kg/haの収量から差し引かれることになる。 なお、牛糞の約20%(2,000kg)は、牧草地やトウモロコシ畑に施肥され、5人家族の排泄物もトウモロコシ畑に施肥される。また、トウモロコシは、クローバーやヤハズエンドウ(vetch)等のマメ科緑肥作物と輪作するため必要な土地が1ha増えるが、トウモロコシ栽培に必要な最小限の窒素(60kg/ha)が供給され、土壌浸食を減らし、土壌中の有機物も増える。 このシステムでトウモロコシ生産に必要な総投入エネルギーは170万Kcal/haだから、1,944kg/haの収量から、入力/出力比は4.1:1となる。エネルギーでは焼畑農業の半分以下に落ちるが、このシステムを持続可能に維持するのに必要な面積は約4haとなる。
アグロフォレストリーシステム 3ha/人 4:1
次に、有機家畜農業に窒素固定樹木を組み込んだアグロフォレストリーシステムを考えてみよう。1haの土地のうち、0.5haにトウモロコシ、0.5haにマメ科の樹木レウカエナ(Leucaena)を植えるのだ。トウモロコシは、上述した有機家畜システムの倍の密度で植えるが、同収量1,944kg/haが得られる。 レウカエナとトウモロコシとの競争は、トウモロコシを播種する前に、レウカエナを伐採し、8cmの切り株に戻すことで抑える。レウカエナは毎年4,500kg/haのバイオマスを生産し、うち、葉と小枝2,500kgだが、この中に窒素の約2/3が含まれる。これを土壌に還元すれば、有機家畜システムと同量の窒素約60kg/haが施肥できる。 このシステムに費やされる総エネルギーは約170万Kcalで、入力/出力費は4.1:1とかわらない。ただし、このシステムを持続可能に維持するのに必要な面積は3haとなる。さらに、葉と小枝は、窒素他の養分を提供するだけでなく、土壌有機物として保水力を高める。さらに、等高線状にレウカエナを植え、葉と小枝でマルチをすれば、土壌侵食が1t/ha/年に抑えられる。残りの2,000kgは薪用として収穫されるが、これは1世帯の薪需要の約80%をもたらす。
集約型機械化システム 3:1
米国他の先進国で行われているトラクタ動力による農業では、上述した人力や畜力のシステムと比べ、労働投入量がわずか10時間まで減らせる。とはいえ、この少ない投入労力を補うため、農業機械と化学肥料と農薬が使われている。米国でトウモロコシを生産するには平均約1000万Kcal/ha、1,000ℓ/haの石油が必要となる。トウモロコシの収量は8,000k/haと増えるが、入力/出力比は2.8:1と下げる。
集約型機械生産をより持続可能に転換
そこで、トウモロコシ生産をより持続可能なものとし、エコロジー的により健全とする既存技術を用いたシステムを考えてみよう。 第一に、大豆等の適切な作物をトウモロコシと輪作する。このことで線虫やトウモロコシの病気、雑草問題を減らせる。集約的なトウモロコシ生産での平均的な害虫被害ロスは12%だが、輪作にすれば3.5%まで減る。農薬も不要となり、収量は約8%増える。 第二に、家畜とカバー・クロップを加える。収穫後に、ヤハズエンドウ(winter vetch)等のマメ科作物を導入すれば、土壌侵食や雑草問題が減り、土壌養分も保持される。 厩肥のリサイクルやカバー・クロップのすき込みで、労働投入量は10~12時間/ha増えるが、収量が8,000kg/haから8,640kg/haとふえ、総エネルギー量も集約型システムの1000万Kcal/haよりもかなり少なく370万Kcalですむ。 また、集約システムでは約17t/haもある土壌侵食を1t/ha以下まで減らせる。1t/ha土壌侵食率は、ほとんどの農業条件下では土壌の再生率と等しい。 この改善システムには、集約型機械システムよりも、次のようなメリットがある。
1) 土壌侵食を抑える、 2)小型トラクタを使うことで燃料を減らす、3) 輪作により無農薬栽培が可能、4)家畜厩肥により窒素肥料すべてとリン、カリウム養分のほとんどを代替、6) カバー・クロップにより、非栽培時期のロスを抑制(2)。
低エネルギー投入での高エネルギー収量
面積あたりの収量だけを見れば、伝統農業は近代農業ほど生産的ではない。だが、これは比較基準として何で評価するかにもよる。労働当たりの生産性からすれば、トラクターで作業を行う大規模農場ほど有利だ。だが、トラクターや化学肥料に使われる化石燃料のことを考えれば、投入エネルギー当たりの収量は、伝統農業の方が格段に高い(3)。ピメンテルらが試算したように、エネルギー効率では、伝統的な焼畑農業よりも低いのだ。近代農業は生産物以上に大量にエネルギーを消費していたのである(5)。
西洋の農民たちは、生産性を重視し、高収量の達成を目標としがちだ。だが、伝統的な農民たちの目標は違う。伝統的な農民たちは、生産性よりも安定性や持続性を重視する。作物もある一作物を重視するよりも、作物間のバランスをとることで選んでいる。そして、低い投入資材で、システムの高い安定性と持続性を保ちつつ、受け入れられるだけの収量を得るという、各目標のバランスを達成している。伝統農業は、西洋の分析で重視される基準だけでなく、システムの安定性や持続性と関連づけた生産性という伝統的な農民たち自身にとって重要な基準で評価されるべきだったのである(3)。
そして、いま、この伝統的農法を再評価する動きも現れている。国際的な農民と小規模農場主の運動、ビア・カンペシーナだ。ビア・カンペシーナには、ラファエル・アレグリア(Rafael Alegría)、ジョセ・ボベ(José Bové)、ホアロ・ペドロ・ステディレ(Joao Pedro Stedile)等の有名な活動家がいて、4月17日を「小規模農民デー」としている。 ビア・カンペシーナは、人間の代わりに自動車を食べさせるために農産物を使うのは狂気だと主張している。そして、ピーク・オイルだけでなく、「ピーク・リン酸」も主張している。そして、ビア・カンペシーナは、近代農業のEROIが低く、農業がエネルギーの「生産者」ではなく「消費者」になっていることを自覚している。
「地球温暖化に直面する中、モノカルチャーで農業燃料(agrofuels)を生産する等、誤った解決策が推進されている。それは、食料主権を台無しにしてしまう。工業的農業が気候変動の主な原因なのだし、世界中に食料を輸送し、機械化、集約化、農薬使用、モノカルチャーと工業型の農業を課すことで、生物多様性や農業の炭素貯蔵力を破壊し、農業をエネルギーの生産者から消費者へと変えている」(5)
ところが、この過激な主張は意外なところで評価されているのである。
【引用文献】
(3) Traditional Agriculture, Dalhousie University over the period 1998 to 2001.
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