アグロエコロジーに必要な経済、政策、研究教育
文献やデータを分析してみると、アグロエコロジーでのフードシステムを開発し、維持するには、三つの概念が欠かせないことがわかる。 第一は、経済的インセンティブだ。これは、①慣行生産用の投入資材が購入できないという経済的障壁、②アグロエコロジー生産に対する経済的インセンティブという二つの形を取るが、最も際立つものは、認証有機農産物への価格プレミアムであろう。 例えば、政府は、バイオ投入資材に補助金を支給し、慣行資材に課税することで、さらに経済的インセンティブを作り出だせる。このことは、持続可能な農業が成功するために欠かせない二番目の重要な要素、すなわち、政策へとつながる。 政策は、有機農業生産に対する経済的インセンティブと慣行生産に対する反インセンティブをもたらす。加えて、アグロエコロジーや有機農業システム(認証機関や有機投入資材生産の生産センター等)をサポートするインフラを作り出す一助となり、アグロエコロジー生産を支持する規制や体制を発展させることができる。さらに、国家政策は、持続可能な農業にとり三番目に必要な支援、すなわち、研究と教育も支援できる。 アグロエコロジー生産を成功させる新たな方法を開発し、こうした農法について生産者が知識を持ち、それを用いるメリットを理解し、農場で効果的に実施する専門技術を持つためには、研究と教育はきわめて重要だ。慣行農業の危険性やオルタナティブを支持する重要性を生産者と消費者の双方にも提供できることから、一般的な環境教育も重要だ。
高付加価値有機の経済インセンティブに依存しすぎることは危険
これまで、キューバにおけるアグロエコロジー生産は、経済危機と必要性というネガティブなファクターによって主に動かされてきた。とはいえ、資源不足は、アグロエコロジー運動が継続的に成功していくうえでは大きな障壁となる。このため、国際市場における有機農産物の価格プレミアムを用いることで、アグロエコロジー生産に対してポジティブな経済的インセンティブを開発することが極めて重要であろうし、こうしたインセンティブは、農業への再投資のための収入源とアグロエコロジー生産への長期的なインセンティブをもたらすであろう。とはいえ、経費がかさむ海外機関に依存せず、これを成し遂げるには、キューバは、自ら国際的に認められる認証制度を開発しなければなるまい。 この制度では、厳密に有機農産物ではないとしても、慣行的な投入資材使用を最小限度まで抑えて生産されるエコロジー的な生産物も認証できる。アグロエコロジー生産を奨励する際に最も効率がよいのは価格プレミアムだが、このプレミアムを個々の生産者が直接つながることが重要だ。キューバにおいては、農業者が個人的、あるいは協同組合を通じて、国内観光客や国際市場でさえ販売できるように、農民市場をさらに自由化することでこれは達成できよう。また、国際市場や観光市場向けの認証生産物に国営公社が高値で支払うことで、価格プレミアムの利益を高められよう。
フェアトレードは有機農業をしばしば補完するが、キューバがこれに参入する可能性もかなりある。とはいえ、フェアトレードは、仲介者を排除することで生産者と消費者とを直接な関係させることに依存する傾向がある(Raynolds, 2000)。現在のキューバの制度では、生産者が市場に直接アクセスする(最近合法化された個人的な余剰販売の顕著な例外がある)ことを国家が強力に妨げているため、これがフェアトレードへの参入を抑制するかもしれない。
価格プレミアムで重要性なことは、それがキューバのアグロエコロジー発展の重要な助けとなり、たとえ、経済が発展してアグロエコロジーの必要性がなくなったとしても、オルタナティブ生産のための運動が機能するインセンティブを担保することだ。とはいえ、それには潜在的なリスクもある。モノカルチャー生産、農場の規模、労働問題、輸出指向の生産等、慣行農業が抱える数多くの課題に対処することなく、ただ認証基準をクリアーするだけの比較的浅い、慣行化された有機農業のままでは、その動機づけが、価格プレミアムに大きく依存してしまう(Buck et al., 1997; Guthman, 2002)。とりわけ、認証有機農産物の大きな国内市場がないキューバにおいては、アグロエコロジー生産を維持するために、価格プレミアムが大きい輸出経済に国家が依存してしまうことも含む。このため、認証や価格プレミアムは、キューバにおける持続可能な農業の一部とはなりえても、自給生産やローカルな食料ネットワークへの関心の高まりも捨てることなく、この王道を探究することが望まれる。Pretty and Hine (2001), Rigby and C´aceres他が、真の持続可能なフードシステムにとって、これが本質だと主張しているからだ。
最後に、現在、キューバには有機農産物のニッチ市場にリーダーとして参入する強力な機会がある。とはいえ、この市場も成長し続ければ、結局はプレミアムが減るであろう。結果として、その存続で価格プレミアム他の経済的インセンティブに依存しすぎると、有機農業部門は、経済的変動に脆弱となってしまおう。そこで、農業における議論で多くのキューバ人たちが強調するように、価格プレミアムに完全に依存することなく活用し、バランスを保つよう努力することがおそらく最も重要であろう。
求められる農政の地方分権化
アグロエコロジー技術を広範に普及するには、政策措置が不可欠だが、キューバは既に政策レベルで明らかにアグロエコロジー生産を支援している。とはいえ、それは比較的トップダウンに行われ、その長期的な成果が懸念される傾向がある。 このため、キューバのアグロエコロジーの成功を将来的にも担保するにあたって推薦されるべきは、農業部門内での意志決定権力の地方分権化だ。この一部は、地方支局に国家権限を委譲することで達成されよう。 また、地元の専門家、とりわけ、生産者自身を、農業政策の決定に組み入れることが、アグロエコロジー運動にとっては潜在的にきわめて有益であろう。地元住民、とりわけ、生産者の参加は、中央から指示される命令をいかに効果的に実施するかだけでなく、命令そのものを創造し、地元の主体の声を届けることに専念すべきだ。
さて、農業政策の分権型を進めるうえで最も懸念されることは、地元レベルの多くの生産者たちがアグロエコロジーを優先すべきものとみなしていないため、このことがアグロエコロジーの発展の後退につながってしまうかもしれないことだ。とはいえ、生産者側の高い意識や直接的な意志決定もないままに、アグロエコロジー技術が採択され続けているとすれば、最適なやり方でこうした技術が取組まれているとはいえず、現在のオルタナティブな生産を奨励する政策措置が変われば、それが維持されると信じる理由はさらに少ない。
長期的にアグロエコロジーを支えるのは教育
アグロエコロジーに関する技術が効果的な方法で採択され、たとえ経済や政策が変わっても、長期的に持続可能となることを担保する最も重要な手段は、おそらく研究と教育であろう。研究や教育は、当初は、経済力、すなわち、資源の有用性や政策に依拠するかもしれない。とはいえ、人々のメンタリティーを変えることで、長期的には永久的な変化を引き起こす最も強力な手段となる。現在のその薄ら寒い経済状況の中でも、キューバはアグロエコロジー生産を推進するためにデザインされた研究・教育で、既に例外的ともいうべき成果なし遂げている。とはいえ、その製品開発や利用できるアグロエコロジーの専門技術、とりわけ、広範な普及は、資源不足によって妨げられている。 したがって、現在のキューバのアグロエコロジーの研究や教育制度のメリットを最大に活かす最も効果的な方法は、持続可能な農業開発で希望をわかちあえる外部機関とのつながりを増やすことであろう。
多くのキューバ人たちは慣行生産からの転換での外部支援の必要性を既に意識しているし、すでに数多くのプロジェクトが国際援助によって進行中だ。とはいえ、オフィシャルな国内の機関の協力に関しては、まだ、かなり発展の可能性がある。 高水準の統治・官僚機構は、キューバが他国との研究・教育ネットワークを発展させるうえで機能し、ネットワークをファシリテートし、知識をわかちあうことから、キューバはかなりを得られよう。
海外に拠点を置く機関とのネットワークが強化されることは、キューバに必要な資源をもたらす一助となる。そして、キューバ外部の人々にとっても、アグロエコロジーに関する研究や教育の革新的な仕事から恩恵が得られる。したがって、研究と教育のリンケージを増やすことは、北側にも南側にとっても双方に有益な過程として見なされるべきであり、貴重な南々協力をファシリテートする一助にもなろう。
さらなる研究への推奨
この論文の冒頭で論じたように、キューバの持続的農業の研究においては、キューバの生産者や食料生産に関わる人々が、持続性をどのように概念化しているのかについて、十分注意が払われてこなかった。キューバ人たちが「有機農業」や「アグロエコロジー」等の言葉をどのように定義し、オルタナティブな生産をサポートしたり、拒絶する動機づけに何がなっているのかが十分追及されてこなかった。
キューバ農業の経験は比較的ユニークな性格を持つ。このため、キューバで現在起きていることを慎重に研究することは、食料や繊維の生産、流通における持続可能なシステムを世界でいかに推進していくかの議論に役立つ。 当該論文はこの課題に対応しようとしたものだが、その範囲は極めて限られている。圃場調査も限られ、主に1ムニシピオでなされた調査に参加した12農場での6週間のケーススタディに基づくこととなった。かなり数多くのキーパーソンとのインタビューや農地訪問は行い収量やいくつかの興味深い結果は得られた。とはいえ、サンプルはわずかだし、圃場調査も比較的短期間にすぎない。したがって、同様の課題でさらに研究することが必要だ。とりわけ、様々な生産構造(CCS、CPA、UBPC)の違いが、生産者の意見や行動にどう影響するかを調べると同時に、地域的な違い(とりわけ、比較的開発された中部と未開発の東部や西部州)を比較することが、キューバの農業転換のより豊かな絵を描く一助となろう。
さらに、国家と社会とのシナジーがアグロエコロジーの発展に寄与する可能性をさらに研究することも役立とう。 また、よりプラクティカルな見地からは、上述した推薦をいかにうまく実施するかのための研究が潜在的には極めて重要であろう。また、今後の研究は、エコロジー生産物でキューバが世界市場にいかに参入するかのマーケット・リサーチや、いかに分権型の農政構造を構築するかについて、政策批判を含むものとなるかもしれない。理想的には、研究と教育とのつながりをさらに強化する目的から、こうした研究は、キューバの研究機関と協働で実施することが望ましい。
Bebbington(2002)は、自由に立脚した事例研究(free-standing case studies)と比較分析にさらに重点をおいた開発地理学が必要だと、主張している。これは当該論文の範囲を超えている。とはいえ、ここに提示した情報の理論的貢献を広げるうえで、この事例研究は、それ以外の文脈での持続可能な農業開発のデータ比較の出発点とみなされるかもしれない。
最終コメント
より良き世界は可能だ「Un mundo mejor es posible」。このタイトルは、全国の掲示板やポスターに見られるスローガンでキューバでは人気がある。この概念はプロパガンダ的要素があるかもしれず、このフレーズのことを懐疑論で見ているキューバ人たちもいた。とはいえ、このメッセージを心の底から信じ、その重要さを外国人に納得させようと切望している人々と出会うことも珍しくはないのだ。 現在のグローバル資本主義パラダイムに対し、より良きオルタナティブが存在するとの信念は強力なものだ。自由資本主義的な世界観のヘゲモニーが、いかなるリアルな社会的オルタナティブの信念もおおい隠してしまったとの主張(1993, cited in Bryant and Bailey, 1997)への反駁となるし、同時に、グローバル貿易が席巻するパターンにまったく依存しないシステムを開発することが可能だとのBarkin(1998, 2002, 2006)の立場を支える。 キューバにおける持続可能なフードシステムの開発では、輸出指向作物生産を自給生産へとチェンジし、グローバルなアグリビジネス市場への依存を減らす方向に向けて国家が動いた。このことから、様々な意味で、ローカルな自治、自給自足、生産多様化の重要性をうたうBarkinの思想を反映している。
キューバには批判すべき点や改善すべき余地があることはまったく疑問がない。とはいえ、キューバの事例は、かなり資本資源が制約を受ける中でも、決断や創造性によって、どれほど多くのことが成し遂げられるかをインスパイアーする手本にもなっている。現在の慣行農業パラダイムに対し、実現可能なオルタナティブが存在し、環境の持続性や食料安全保障、そして、食料主権を確保する一助として、こうしたオルタナティブが実施できることを示している。 この研究の枠組みには限りがあるとはいえ、より良きフードシステム、そして、より良き世界が可能だとの概念をサポートできる以上の証拠が、ここにはあったのである。
【引用文献】
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