灌漑から洪水へ
米国アリゾナ州からメキシコのソノラ州には、日本の本州がすっぽりと入ってしまうほど広大なソノラ砂漠(Sonoran Desert)が広がる。コヨーテやガラガラヘビ、ヒメコンドル、アメリカドクトカゲ等が生息するが、真昼の気温は40℃に達し、平均降水量は150~350mmしかない。だが、こんな過酷な砂漠の中を、セリ(Seri)族、ピマ(Pima)族、パパゴ(Papago)族(豆の人々)等の先住民たちは、千年も暮らしてきた(2)。しかも、伝統的なパパゴ族は、豊かな民族とされ、誰もが食べるだけの食料があり、仕事を終えれば、レジャーやゲーム、語らいを楽しむゆとりがあった。 その秘密は、とても農業が行えそうもない砂漠地帯でありながら、それがやれる「農法」を開発してきたことにある。
洪水農法、洪水収穫、涸れ谷農法、「ak-chin」農法と呼び名は、様々だが、川縁や涸れ谷の下流で「洪水氾濫原潅漑」ともいうべき農法を完成させたのだ(1)。 洪水農法とは、一時的な溢れる洪水を活用するため、手作りの運河やテラス、壕、堰によって、氾濫原を地形的に改変し、農業に使えるようにした農法だ。砂漠といっても年に3~15回は雨が降る。うち、5~6回は植物が育つほど大きい(2)。
例えば、7月のある日に、砂地の川床を鉄砲水が流れ下ってくる。河川には水が流れるが、それは一時的なもので、すぐに水は地中に浸透するか、池になる。パパゴ族たちは、この水を使う。水流はポプラ、柳、バロー・ブッシュ(burrobushes)がまず、水の流れを遅くする。この木の一部も人工的に植林されたものだ。そして、広く平坦な大地の上に泥が溜まる(1)。嵐は、高地からマメ科樹木の窒素を含む豊かなリター、齧歯動物の滓、その他分解した岩屑を運んでくる(2)。そこで、この洪水に残された泥の中に種子を撒き、大地が再び固くなる前に収穫するのだ(1)。あるパパゴ族のコミュニティは、100家族からなるが、240㎞もの流域から嵐が運んでくる水、有機物、養分を用いて、355haの農場を維持している(2)。
早生種の選抜
乾燥地帯で行われる農業のほとんどは地下水に依存するものだ。だが、パパゴ族たちの伝統農業の食料生産戦略は、まったく違う。ごくわずか、かつ、不規則にしか得られない水を利用するため、急速に育つトウモロコシ、カボチャ、マメ他の作物を選んできたのだ(2)。不安定な降雨が突然川になれば、再び土が乾くまでの2、3カ月の短い生育期に急速に育つ品種がなければならない(1)。トウモロコシは50日で育つし、暑さや旱魃に強いテパリー・ビーン(tepary bean、Phaseolus acutifolius var.latifolius)もパパゴ族にとり、最も重要なタンパク質とミネラル源だった(2)。
また、パパゴ族たちは、4~9月までは、サグワロサボテン(saguaro)とウチワサボテンの実(prickly pear)や野生の雑草を集める(1)。コヨーテ・ヒョウタン(coyote gourd)、砂漠アマランサス(desert amaranthus)、悪魔の鉤爪(devil’s claw)等、半乾燥状態に適合した様々な多汁植物やサボテン、多年草等を探し求めて、保護し収穫することで、野生の雑草植物相も調整してきた(2)。そして、不足するタンパク質は、オオツノヒツジ(bighorn sheep)、ミュールジカ(mule deer)、ペッカリー(peccary)、ウサギを殺して食べた(1)。
砂漠の連帯経済
パパゴ族たちの潅漑圃場は、たいがい1~1.6haと小さく不規則に分布している(1)。これも、洪水の不規則な空間分布に対応したものだ。パパゴ族の農家はめったに集約化をしたり、ただ一種類の植物資源に力を注いだり、ただ一つの圃場で多くの生産をあげようとはしない。乏しい水分でも収量があがる種子は求めても、土地は求めない。砂漠では、土地よりも水が限定因子だから、この戦略には意味がある(2)。
とはいえ、ただ一人の個人では洪水の急流を扱えない。パパゴ族たちは、洪水の水を誘導するために共同の努力を必要とした。1895年に、このシステムを目にした白人W. J. McGeeは、どんな人間であれ、生物であれ、砂漠ではそれなしではやっていけないとこのシステムを「連帯の経済」と呼んで称賛した。 そして、パパゴ族は、砂漠の生態系や水理学、農学について詳細な知識を持っていたが、それは、自然を技術的に征服する科学ではなく、むしろ、よりつつましく自然と接しながら、かつ、安全に繁栄できる自給達成を目的としていた(1)。
いま、パパゴ族の農法は、再評価されている。例えば、植物あたりのタンパク質の種類や種子の収量は、近代的な潅漑で栽培される作物よりもパパゴ族の洪水圃場のそれの方が多いのだ。現在、伝統的なパパゴ族の洪水農業は、滅びつつある(2)。だが、米人によって、伝統的なライフスタイルがメチャクチャに破壊されるまでは、少なくとも見事な成果をあげてきたのである(1)。
【引用文献】
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