旱魃やハリケーンでも、なぜか被害を受けない伝統農法
1998年のハリケーン・ミッチ(Hurricane Mitch)は、中南米に大変な被害をもたらした。村々や道路や橋が破壊され、何千人もが命を落とした。最も被害が大きかったホンジュラスでは、鉄砲水や100万カ所以上の地滑りで、農作物はほぼ壊滅状態の被害を受けた。だが、FAOのイアン・シェリット(Ian Sherrit)氏は、ハリケーン・ミッチは天災ではなかったと語っている。
「これは自然災害ではなく、人間が関与した災害なのです。ホンジュラスでは多くの森がずっと破壊され続けてきました。国土の80%が丘陵地なために、土壌の劣化が、豪雨に対する脆弱さにつながったのです」
ホンジュラスの首都郊外の丘陵地には、樹木がない地滑りの傷跡が残るが、彼方ではトウモロコシを生産するために、農民たちの森を焼く煙が見える。これが、ハリケーンの被害が大きくなった理由なのだ。
だが、奇妙なことに、ハリケーンの直撃を受けながらも、例外的に減収しなかった地区がある。ホンジュラス西部の最僻地、レンピーア(Lempira)州だ。この地に住む先住民、レンカ(Lenca)族は、スペイン人に最後まで抵抗を試みたことで知られる部族だが、そこでは古代からの伝統農法が継承され(1)、1990年代前半にFAOが立ち上げたプロジェクトで、この農法が促進されていたのだ(3)。レンピーア州の豊かな実りは、もう少しで消え失せるところであった古代農法のおかげで産み出されたとも言えるだろう(1)。おまけに、古代農法が威力を発揮するのは、ハリケーンに対してだけではない。伝統農法を復活させた地区は、1997年のエル・ニーニョ(El Niño)の深刻な旱魃でも損失がずっと少なかったのだ(4)。
「旱魃を起こすエル・ニーニョやミッチのような異常気象は、私たちにとっては最高の仲間なのです。伝統農法に取り組んでいなかった人々は生産物を失いましたが、実践していた人々が、多くの農産物を手にしていることを目にしたからです」
農業の専門家であるカルロス・セラヤ(Carlos Zelaya)氏は言う。事実、伝統農法に取組む地域は、エル・ニーニョの後に倍増しているし(1)、ハリケーン・ミッチでも土壌侵食や作物の被害が少ないことが農民たちから報告されから、ハリケーンへの解決策としても伝統農法は広まり続けているのだ(1,4)。
いのちが蘇えったホンジュラスの丘陵
だが、20年前には焼畑式農業(slash-and-burn)で、土壌が劣化し、農民たちは水不足や収量減に悩まされていた(4)。例えば、ビルヒリオ・レジェス(Virgilio Reyes)氏は、こう想起する。
「以前は、この地区全体が希望を断たれていました。収穫前の数カ月には、食料が足りず人々は食べ物を探し求めていました。燃やせば最初の数年はうまくいきますが、結局、すべての土は川に流失してしまうのです。ですが、今新技術によって、土地は回復しています」
ビルヒリオ氏は、FAOがプロジェクトを始めると、直ちに0.8haほどの農地で1993年に伝統農法を取り入れてみた。そして、いまでは家族用の食料や薪、家畜飼料を自給できているだけでなく、農地で収益もあげている(1)。
では、アグロエコロジー的に見て、伝統農法にはどんな価値があるのだろうか。
第一は、生産が持続することだ。焼き畑農業では、生産力はわずか数年しか維持できず、その後に畑は放置されることになる。だが、伝統農法では、10~12年も生産が持続する。土壌の質も維持されるどころか、時の経過とともに向上さえしていく(4)。
第二は、伝統的な焼き畑農業と比べて収量が高いことだ。伝統農法を取り入れた農民たちは、過去10年で、トウモロコシでは1200~2500kg/ha、マメでは325~800kg/haと倍以上に増やした(2)。結果として、自家消費ニーズが満たされ、余剰農産物を販売するゆとりもでてくる。農民たちは、野菜や果実のような、付加価値が高い作物を栽培しはじめ、鶏やブタも買った(3)。そして、肥料他の投入資材を購入するグループを結成し、地方市場と良い結びつきを確立し、家庭菜園を立ち上げることで、食生活も改善していく(4)。
第三は、土壌や水資源が保全されるだけでなく、農村の暮らしも改善されたことだ(3)。深刻な水不足の季節に悩まされることも減り、飲料水の水質もアップする(4)。 伝統農法の面積は7,000ha以上とされるが(2)、6,000人もの農民たちが、伝統農法を取り入れたことで(2,3,4)、約6万haの二次林が天然更新され(4)、鳥、昆虫、そして、野草花も樹木と共に戻ってきたのだ(1)。
コロンビアにある国際熱帯農業センター(CIAT=Centro Internacional de Agricultura Tropical)で、伝統農法を研究するアラセレイ・カストロ(Aracely Castro)さんは、メリットは広範に及ぶと強調する。
「もし、農民たちにどのようなメリットが得られたかと尋ねれば、様々なことについて言及するでしょう。より多くの水、改善された食料安全保障、彼らはより健康になり、子どもたちは教育を受けられ、そして、彼らはその天然資源をとりわけ管理することさえ心がけています」(4)
森の中で作物を育てていたレンカ族
この伝統農法は、ケスングアル・伐採・マルチ・アグロフォレストリー・システム(QSMAS= Quesungual Slash and Mulch Agroforestry System)として知られる。ケスングアルとは、先住民たちの言葉で、土壌、植物、そして、流れを意味し(4)、ホンジュラス南西部にある先住民たちの村の名称だ。この農法が最初に特定された村の名称を尊重して、農法には、この名称が付けられたのだ(3,4)。 このエコロジー的にも効率的な農法は主に4原則に基づく。焼き畑をしない、表土を恒久的にカバーする、不耕起栽培、そして、効率的な肥料の使用だ(4)。
例えば、「生産性が高まったので、暮らしもよくなっています」と語るビルヒリオ・レジェス氏は、毎年、日が差し込むように樹木を剪定する。そして、枝葉や古いトウモロコシの残渣をマルチに使う。そして、耕しもしなければ、燃やしもしない(1)。つまり、中米高地で一般的になされる焼き畑式の移動農業とは対照的に(2,3)、土地を準備する際に、丘陵の樹木を燃やさずに、食用作物や飼料作物との養分の競争を抑え、マルチに使うために慎重に剪定していくのだ(3)。 地域の自然植生、樹木や低木の多様性を保ちつつ、幹や太い枝は薪や材木に使いながら、残った植生はマルチとして使われる。そして、一年目はパイオニア作物として、ソルガムやマメがマルチの中で育つように蒔かれ、その後は主用作物としてトウモロコシ等が育てられることになる。その後は、日陰になりすぎないよう、年に2~3回の樹木や低木の伐採を行ったり、スポット的な追肥がなされるが、そこでも、リターや作物残渣がマルチの肥料として加えられる(4)。これは、穀類を森の中で栽培してきたレンカ族たちのノウハウを活かしたものなのだ(1)。
第二の特徴は混作だ。天然の樹木を残しながら、マメ、トウモロコシ、ソルガム、あわ、牧草、そして、付加価値のある果実や野菜も一緒に植えられる(2,3)。
第三の特徴は、不耕起栽培だ。恒久的に土壌をカバーしながら、耕さずに作物は直播され、焼き畑をしないから、二次林も再生されていく(2,3)。 村を取り囲む畑は急斜面に位置しているし(4)、深刻な土壌浸食や地滑りをもたらす豪雨、そして、旱魃にも見舞われるが、この農法によって、土は保護され(2,3)、保水力も高まり(2)、土壌も改善させていくのだ(4)。おまけに、農民たちは、農法を確立・維持するのに、焼き畑よりも少ない労力しかいらないことも示した(2)。
国際熱帯農業センターを含めた9団体のコンソーシアムでなされたプロジェクトの後(3)、いま世界銀行やホンジュラス政府は、ヨーロッパからの侵略者たちが引きこした何世紀にもわたる不始末から、国を救うため、この農法をプロジェクト地域外でも広めたがっているのだ(1)。
ホンジュラスからニカラグア、アジア・アフリカへ
ケスングアル農法がホンジュラスで大成功をおさめたことから、国際熱帯農業センターは、同様の領域でも、この農法が可能かどうか、その可能性を探るため、「水と食料チャレンジ・プログラム(Challenge Program on Water and Food)」を通じて、ニカラグア北西部でも2005年にシステムを試験的に導入してみた。 結果は上々だった。伝統農法は農民たちから歓迎され、実証地区を越えて広まり、焼き畑農法はかなり減った。そして、コロンビアでも成功をおさめる(4)。 国際熱帯農業センター、熱帯土壌生物・地力(TSBF= Tropical Soil Biology and Fertility)、中米土壌総合マネジメント・コンソーシアム(MIS= Consortium for the Integrated Management of Soils for Central America)等の研究者たちは、「水・食料・チャレンジ・プログラム」の支援を受け、このミステリアスな伝統農法の秘密を解くための研究を始めたが、最小限度でしか土壌を攪乱しないこと、スポット的な施肥が効率が良いこと等、成功の鍵を特定・定量化することに成功した(2)。この評価から、国際熱帯農業センターやFAOの科学者たちは、旱魃傾向があるそれ以外のアフリカ、アジア、南米の高地でも農法が使えると結論を下す(3)。CPWFプロジェクトは、このシンプルだが有効なシステムを、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの高地に広げる計画を立てている(2)。
例えば、アラセレイ・カストロさんも、ラオスやベトナム等の東南アジアの高地にも適用できると楽観視する。そして、エチオピアやアンデスの熱帯領域でも試験をすることを望んでいる。
「私たちに必要なものは、農民たち気候変動に対応でき、同時によりエコ効率的なシステムを届けることです。もし、現在農民たちが直面している気候変動や水不足の苦しみを知り、それをしないとすれば、どんな状況で、それをするというのでしょう」(4)
改革はコミュニティの内部から
もちろん、導入にあたって配慮されなければならない要素は多い。正しい樹木を選び、正しいやり方でそれを管理することを学ばなければならないし、克服しなければならない文化的な障壁もある。例えば、マルチを残すことは、農地をだらしなく見せる。それを、受け入れることが文化的に難しい農民もいるであろう。 また、研究者たちは、プロジェクトが普及するうえでは、融資等、持続可能な開発に向けた政府の支援政策に加え、社会的組織が重要性だとも強調する(4)。
ホンジュラスでは、伝統農法は、外部からの指導ではなく、農民たちは周囲のやり方を真似ることで急速に広まった。例えば、ニコラス・メヒジャ(Nicolas Mejilla)氏は、技術的なアドバイスを全く受けなかった、と語る。隣人からアイデアを得て、残りは自分自身で解決したのだ。
レンピーア・プロジェクトの技術アドバイザーであるイアン・シェリット氏は、改革は外部の技術者から課されるものではなく、コミュニティ内部からもたらされなければならない、という認識があると言う。 そして、20年前にはこうした考え方は、とても受け入れられなかったとも想起する。
「当時、こうした考え方を論じれば、共産主義者か狂信的なエコきちがい(green nut)とレッテルを貼られました。ですが、冷戦後には、こうした考え方が受け入れられるようになっただけでなく、世界銀行もこうしたアイデアを制度化するキャンペーンを始めているのです。実に興味深いものがあります」(1)
【引用文献】
(1) Tom Gibb, Saving Honduras after Mitch, BBC News, 09Mar, 1999.
(3) Indigenous agroforestry: A bright spot in land management,Aug12, 2006.
(4) Ancient lesson in agroforestry - slash but don't burn,Nov2009.
画像はいずれも文献(1)のBBCのサイトからのもの
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