数百年前に誕生した人工牧草地
西インド海洋で発生する南西モンスーンは、西ガート山脈の西側に大量の雨をもたらす。だが、だが、山脈に遮られた東側のタミル・ナードウ州では、年間降雨量は600~675mmしかない。赤色ラテライトや砂質土壌の保水力も低く(2)、1km2あたりの平均人口密度は256人にすぎない(1)。だが、こんな地域でも人々は持続可能な農業を発展させてきた(1,2)。 「コランガドゥ(Korangadu)」と称される伝統的な牧畜農業システムがそれだ。
タミル・ナードウ州は30県に分かれるが、カルール県(Karur)、イーロードゥ県(Erode)、コーヤンブットゥール県(Coimbatore)、ティンドゥッカル県(Dindigul)等500カ村以上に牧草地はあり、総面積は約5万haに及ぶ(1,2)。 コランガドゥとは、現地タミル語で「植生の自然再生が可能となるよう農地を耕さずに残しておくこと」を意味する。数世紀も前から、ダハラプラム(Dharapuram)やカンガヤム(Kangayam)地区の農民たちは、乾燥した気候条件に適した作物を栽培してきた。そして、植生が自然に再生されるように農地の一部を休閑していた。休閑地では、雨が降れば植物が自然に生え、コルカッタイ(Kolukattai)草(Cenchrus sp.)が優先種となっていた。農民たちは、この非耕作地に家畜を入れたが、農地には入れなかった。その後、この未耕作地が家畜放牧に極めて適していることに気づく。そこで、他の家畜が入らないよう棘のある低木の生け垣、ムル・キルヴァイ(Mullu Kiluvai=Commiphora berry)で牧草地を仕切るようになった。こうして、単年草や多年草を含め、草、マメ科植物と木からなる三層構造の人工生態系が誕生した(2)。
無化学肥料で放牧地を維持
コランガドゥの牧草地が地域の気象条件をどれだけうまく活用したシステムなのかをまず見てみよう。この地域では、降雨によって季節は大きく三シーズンにわかれる。年間降雨量の20%が降る暑い夏(2~5月)。そして、南西モンスーン(6~9月、30%)と北東モンスーン(10~1月、50%)のある時期だ(1)。
コランガドゥ牧草地の開発は、夏季に土地を耕すことからはじまる。そして、「Purattasi-Iypassi」(9~10月)にコルカッタイ草が播種される。種子は約37kg/haあれば十分で、すでに完成している牧草地から、「Thai」(1~2月)の時期に収穫したものを使う(2)。草の密度は、18~25本/㎡だ。 地力を豊かにするために、進歩的な農家は、丈夫で栄養価の高いマメ科植物、Naripayaru(Phaseolus trilobus)やKollu(Dolichos biflorus)の種子をそれぞれ約25kg/haの割合で混ぜて撒くこともある。 草を播種してから1年は、放牧はなされず、2年目から放牧がされる。そして、2~3年が経過すると、土の通気性や湿度を保全するため、再び鋤で耕される。2~3年以上も旱魃が続いて、草の状態が悪化すれば、農民たちはコルカッタイ草の実を再び播く。 さて、5月と9月に雨が降り始めると牧草は芽を出す。だが、一定の草丈に育つまで、約1カ月は牧草地には家畜は入れない。その後、6月中旬~9月中旬まで、そして、北東モンスーンで草が育つ10~1月は牧草だけで家畜は飼育される(1)。
すなわち、少なくとも8~10カ月は牧草だけで家畜を飼える。しかも、飼料の種子は家畜糞を通して自然に播種されるし、家畜糞によって養分がリサイクルされるため、牧草地は化学肥料を施肥しなくても自然に維持されるのだ。 次の3~6月にかけては牧草地には草がない。夏期にも例外的な雨がある場合を除いて草はほとんど成長しない。このため、農民の中には、12~1月に生育した草がまだ青いうちに刈り取って、オフシーズンの飼料にする者もいる(2)。
だが、この季節にはアカシアが実るのだ。コランガドゥの上層には地元でヴェルヴェル・マラム(Velvel maram)と呼ばれるアカシア(Acacia leucophloea)等の樹がある。アカシアは6~7年で実を結び、7~8年で成木となり、夏季には、毎年40~50kgの実をならす(2)。莢は粗蛋白質を14.86%含み、これも家畜の良い飼料となるのだ(1)。
牛や羊は莢を食べるが、この種子は消化されずに糞を通して広がる。また、莢は2~4月には地面に落ちるが、この莢を牧草地から集め、オフシーズンの飼料とするのである。アルビジア(Usilai=Albizia amara)等の他の飼料木が植えられている場合もある。若い羊を養うためにソルガムの種子が混ぜられることもあるが、羊は毎朝、そうした混合物を半キログラム与えることで養える。
コランガドゥの牧草地がある気象条件での自然植生はアカシアで(2)、昼には家畜が休む日陰にもなる(1)。だが、牧草地内のアカシアの本数は30~35本/haしかない。これも、牧草の生育を妨げないように農民たちの智恵が産み出した最適数で、人工的に作られた植生なのだ。 人工パドック 草のある時期には、放牧は朝から晩まで行われる。そして、各放牧地に据えられた石とセメント製の桶に、村から自転車や雄牛の荷車で運ばれてきた水を飲む。だが、家畜は自由に動き回るわけではない。広い牧草地もあるが、たいがいの牧草地は、生垣と家畜が入れる小さな竹のゲートによって、1~2haの広さのパドックに仕切られている(2)。
この囲みを作るのに使われているのが、棘があり、旱魃耐性があるムル・キルヴァイ(Mullu Kiluvai = Commiphora berry)だ。生垣は、1.5m高、0.6~0.75m幅だが、多くのパドックでは、湿気を保ち、生垣の活力を維持するため、生垣に沿って浅い溝が掘られている。また、生垣の支えとして、Azadirachta indicaやアルビジア(Albizia qmara)が植えられていることもある(1)。 この生垣も「Ani-Adi」(6~7月)に長さ120cm、3cm厚のムルキルヴァイの切り株を30cmほど穴を掘って植えて人工的に作られたものだ。生垣を作るには約75人/haの労力がかかる。挿し木が生存して活着するのは、モンスーンが始まる9~10月(Purattasi-Iyppasi)だが、毎年、枯れた場所を新たに植え直すことで埋めなければならない(2)。 だが、生垣に使う植物も薬用植物として民間療法に役立つし、Albizia amaraの葉や莢は、天然の髪のコンディショナーとなり、農民たちの追加収入にもなる(1)。 また、Minnamaram(Premna serratifolia)のような他の植物種もときに自生するが、この枝は伐採され、地元でAttupattiと呼ばれる羊小屋づくりに使われる(2)。
在来の家畜種を保全
伝統的な牧草地では、農民たちによって、多様な在来家畜種が保存されてきた。牛では「カンゲヤム(Kangeyam)」「Pulikulam」「Malaimadu」、羊では「Kurumbai」「Mayilambadi」、さらに、在来の水牛やヤギも継承されてきた。 なかでも特徴的なのは「カンゲヤム」種であろう。この牛は、1900年代にNathakadayur村のカンゲヤムで、Palayamkottai(Nallathambi Sarkarai Mandradiar)のパッタヤガル一族(Pattagar family)が、マイソール(Mysore)の「Amrithmahal」と「Hilari」種と在来種とを交配させることで育種された。この牛は、旱魃に強く、井戸から水を引いたり、乾燥地を耕すことに活用され、タミル・ナードゥ州のKangeyam、Dharapuram、Vellakoil、Kangeyam Thirupur、Palani、Karur、Perunthurai、Aravakurichi各地区で農民たちによって飼育されてきた(1)。
誰しもを支える土地制度
コランガドゥ牧草地は各農家の私有地で、所有する農民は5万人以上に及ぶ。また、パドックの規模は、各個人の経済状態によって1.5~10haと幅がある。平均すれば、3haで2~3頭の牛、1頭の水牛、12~15頭の羊を飼育している。4haのコランガドゥの牧草地は、2頭の成牛と4頭の子牛、あるいは40頭の羊か、6匹の水牛、20頭のヤギを維持するのに十分なのである。農民たちは、他地域のように配合飼料で飼育する家畜に見られる栄養不良が見られないと述べる。家畜の良い栄養となる多くの自然な飼料があるからだ。 ミルクは収入源となるし、カナガヤム牛は大切に育てられ、去勢牛として販売される。雄羊も売れし、雌羊は2年で3匹の子羊を産むので、これも収入源となる。2haの牧草地で1頭の牛、1頭の水牛、20頭の羊を飼育していれば、10年で18万2,000ルピー、4000ドルの純益があげられる(2)。
また、広いパドックを所有していても、数頭しか家畜がいない。あるいは、引退したり耕作地を減らして都市に住む豊かな農民は、土地がない農民に年5000ルピー/2haで貸し出す。また、50000ルピーで「Othi」と呼ばれる家畜飼いに長期の放牧契約がされることもある。土地なし借地農が、羊のような家畜を飼うときに所有者と終身貸借されることもある。これも2haのパドックに50,000ルピー(約1,120ドル)を支払い、契約で2~5年に無利子で償却される。このため、土地がない農民や農業労働者も、牛、水牛、羊、ヤギを飼育でき、農地を持たない家族も牧草地を使うことで生活が成り立っている(2)。
望まれる伝統の復活
このように、コランガドゥはどの村人からも認められる優れたシステムである。だが、今、危機に直面している。 現在のところ、伝統的な牧草地のシステムは、政府の流域開発プログラムにも組み入れられていない(1,2)。カンゲヤム牛を増やすための補助金も以前にはあったが、畜産部局はこの事業を廃止してしまった。 カンゲヤム牛のミルクの生産量は低い。また、酪農業が広がることで、より乳量が得られるジャージー牛と交配されている。若者たちの中には、羊や交配した乳牛の飼育のために牧草地を使う者もいるが、純粋種の牛を維持したがってはいない(1)。 カンゲヤム牛は去勢牛の荷車で農産物の輸送に使われているが(1,2)、トラクタが導入されたために、今、驚くべき率で減っている。純血種は約60頭だ。1950年代には2,000頭の雄牛がいたのだから、わずか2%にすぎない。今は、牛群の数は全体では約47万頭と見積もられている(2)。
また、多くの農民たちは、地下水位が浅く脆弱な生態系を理解していない。300m以上の深井戸を掘り、牧草地を綿、トウモロコシ、園芸作物を栽培するモノカルチャー栽培に転換している(1,2)。 モンスーンが不安定となり、乾燥化が進み、旱魃が頻繁にあることも懸念される。家畜は、他領域から購入するソルガムや藁、干し草で養わねばならず、経費増につながる。ルカッタイの種子を再び蒔かなければならないし、ムル・キルヴァイを挿し木しても、新たに植えられた刺し芽はよく育たない(2)。サンガコディ(Thangakodi)と呼ばれる寄生草ストライガ(Striga lutea)も厄介な問題だ。ストライガは、草や豆科植物の成長を妨げ、重大な損失をもたらす(1,2)。
だが、コランガドゥは、長い歳月をかけて検証・確立されたシステムだ。700mm以下の雨が不安定にしか降らない典型的な乾燥地帯だが、次のようなメリットがある(2)。
第一は、ユニークで貴重な在来家畜種を保全していることだ。草、マメ科植物と樹木を組み合わせることで、低投入型の家畜生産を持続的に維持している(1)。
第二は、農地を持たない家族も家畜放牧ができ、貧しい家族の暮らしも成り立てていることだ。新たにコランガドゥの草原を開発するには18500ルピー/ha、劣化した既存の草地を改良するには12000ルピー/haの経費がかかる。だが、コランガドゥのシステムが推進されれば、貧しい家族にも所得をもたらすであろう。実際、農民や土地を借りている農業労働者、計2564家族が自分の土地や借入地でコーランガドゥを開発したがっている(2)。
第三は、コランガドゥのアグロエコシステムでは、土壌水分が保持され、乾燥地帯の地下水位を涵養している。無化学肥料でも在来の飼料作物とマメ科植物によって土壌腐植や養分が維持され、さらに家畜が落とす糞と尿で土壌生物も豊かだ。つまり、地区のエコロジー、ローカルな文化やライフスタイルも保存してきた(1)。コランガドゥのシステムが旱魃のリスクに強いことも分析されている(2)。 つまり、草原管理の伝統的な知識は、科学的に記録・分析し、保全・拡大する価値ある貴重な遺産なのである(1)。
【引用文献】
(1) Korangadu Silvo-Pastoral Management System, GIAHS, FAO.
(2) Korangadu:A centuries-old system of private pastureland management,Drynet.
牧草地の写真は(1)のサイトから。牛の写真はhttp://www.kangayambull.com/aboutus.htmより
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