新技術や優れた技術に憧れ、西洋にかぶれる。これは、多くの開発途上国でよくみられることだ。だが、いま、インドの農民たちは、伝統的な科学の富と可能性を再発見しつつある。 タミル・ナドゥ州の州都チェンナイ(Chennai:旧マドラス)の2人の科学者、ヴィジャヤラクシュミ(K Vijayalakshmi)博士とバラスバラマニアン(A.V.Balasubramanian)博士は、伝統的な農業の智恵を復活させるため、1990年代前半に、インド知識システムセンター(CIKS= Centre for Indian Knowledge Systems)を立ち上げる(1)。
センターが重点を置いているのは、生物多様性保全と有機農業だが、そのために、古代の経典から得られた有機農業技術を提供することもセンターの重要な取り組みとなっている(1,3)。古代インドの植物科学体系、ヴルクシュ・アーユルベーダ(Vrkshayurveda)が、今という時代に、いかに応用できるのかを調査・研究している。センターの本部は、インド南部のチェンナイ(Chennai)にあるが、タミル・ナドゥ州(Tamil Nadu)の5県に及ぶ125カ村で活動している(3)。
ヴィジャヤラクシュミ博士は言う。
「アーユルヴェーダでは数多くの専門医師、ヴァイディヤ(vaidyas)がいます。ですが、古代のヴルクシュ・アーユルベーダの方法論を実践している人はそれほどいません。ですが、勇気付けられることに、この科学については数多くの書籍があり、まだその知識をもつ人々が存在しているのです」
博士と彼女のチームは、ヴルクシュ・アーユルベーダの経典を研究・解釈することで、今という時代の文脈に見合った解決策を再発見しようとしている。
「経典から得られた知識に基づくテクニックが農民たちに教えられました。そして、現在のニーズに適合するように数多くの実験がなされた後、技術開発がされたのです。化学資材へのオルタナティブは、伝統的な農法によって利用できるのです。いま必要なことは、私たちの祖先から継承されてきた安全な農業に戻すことなのです」(1)
実験を通じて復活した技
センターは、ヴルクシュ・アーユルベーダの古典経典や民間伝承(folk)の文献調査、実地調査、実験室での研究、そして、それと平行した実地調査を進めている。 例えば、伝統的農業では、どこでも家畜が大切にされてきたが、インドではとりわけ、農民と牛との絆が深い。畜力を提供し、牛糞や尿等の重要な投入資材ももたらす。だが、インドでは、ただ便利で役立つだけではなく、社会文化的、霊的な面からも牛が大切にされてきた。そこで、経典文献を検索しつつ、センターと連携して「地域伝統医療復興財団」(FRLHT= Foundation for Revitalisation of Local Health Traditions)が収集した農村コミュニティでの一般的な取組みの情報も収集整理された。 また、センターは、「内発的発展比較支援(COMPAS= Comparing and Supporting Endogenous Development)」とも協働し、「伝統的農業における家畜製品の利用、南部インドでのパイロット・プロジェクト」も実施している。 活動は、農業、伝統医療、天然資源のマネジメントと幅広い分野にわたるが、「伝統的農業における家畜製品の利用」をテーマに、地域伝統医療復興財団、環境意識総合開発(IDEA= Integrated Development through Environmental Awareness)、クリシュ・パラヨグ・パリヴァラ(KPP=Krishi Prayog Parivara)との4団体との連携プログラムを立ち上げ、農村コミュニティの伝統的な畜産物利用が、持続可能な穀物生産の改善にいかに生かせるか、アーンドラ・プラデーシュ(Andhra Pradesh)州の22カ村とオリッサ(Orissa)州の3カ村で実地調査を行ったのだ。
この調査の結果、糞尿、骨、脂肪、血液、皮膚、肉等、実に様々な家畜産物が農業に活用されていることがわかってきた。それらは、単独、あるいは混合で使用され、施用方法もスプレー、燻蒸、ペースト、粉等と多様だった。 だが、粉やペレットの形でヤギ糞を散布したり、穴に適用することは、特定のシーズンには作物の生育の助けとなること。作物の周囲に穴を空け、牛尿を散布することが、果物を柔らかくすることがわかったのだ(2)。
ヴィジャヤラクシュミ博士は言う。
「私たちの組織は、研究と普及にかかわっています。様々な有機農法の技術研究を私たちの試験農場と農民たちの圃場で行っています」
ベダンサンガル(Vedanthangal)には4.5haのセンターの実験農場がある(1)。こうした家畜生産物についても、それを利用することで、実際に作物の生理を改善するうえでどのような効果があるのか、圃場と実験室で実証確認もなされた。その結果、伝統的な家畜製品利用の標準化した活用マニュアルづくりも着手されたのだ(3)。
農民参加型の研究とトレーニング
実験農場では、堆肥づくりの技術、生物農薬の準備、有機農業技術、薬用植物園がデモンストレーションされている。複雑な有機農法を学びたいと切望している人々に、手に取れる生の情報を提供している。また、センターは、生物農薬についても農民たちをトレーニングしていることだ。そして、害虫防除特性を持つ数多くの植物が、過去の農作業の研究コースの間に発見された。 「最も驚くべきことは、数多くの農民たちが、彼らの父親たちが病害虫に取り組むのに植物ベースの混合物を使用していたことをかすかに想起したことなのです」 ヴィジャヤラクシュミ博士は言う(1)。 プロジェクトの大きな成果は、圃場レベルで実験をデザインし、実施する農民たちのキャパシティ・ビルディングだった。この成果は、農民、コミュニティに基づく組織、研究者のコミュニケーションによるもので、伝統的な知識分野をさらに深く考え、研究を刺激する取組みとなった(2)。
当初に農民たちが有機農業に転換したのは、一部の農地だけだった。だが、農民たちは徐々に全農地を転換していく。生物農薬を生産するプログラムは、各地の村で取組まれ、小規模な農民や女性たちも自分たちでそれを使ったり、大規模な農家に売ることができる。結果として、それが収入となり、同時に安全な農業が推進されているのだ。テストされた実践や技術は、トレーニング・プログラムや刊行物を通して普及され、センターは、直接的に3,000人以上の農民とかかわり、約1万人以上が、間接的にかかわっている。ほとんどの農民たちは、知識システムセンターによって開発された有機農法を実践しているのだ(1)。
家庭菜園の復活
センターは、家庭菜園を蘇らせるために村の女性たちに種子も提供している(1)。水田で在来品種に取組んだ結果、センターは「家庭菜園」の考え方が急速に消え失せつつあることに気づく。消えうせる原因はなんなのか。原因の究明調査によって、センターが見出した理由は、種子だった。女性農民たちは、自家菜園用に使おうにも高収量品種が高くて買えない。おまけに、高い値段を払ってやっと種子を買ったとしても、その種子の発芽率は低く、翌シーズンには使えなかった(3)。
バラスバラナミアン(Balasubramanian)氏は言う。
「私たちは、家庭菜園の概念が村で無視されているのを目にしてきました。多くの村人たちは、高収量品種の値段が高く、パフォーマンスも悪いため、家庭菜園で野菜を栽培する発想をあきらめていたのです」
食事に野菜がなければ栄養的にも良くない。だが、そのことを懸念せず、市場から野菜も買っていなかった(1)。ならば、在来種を復活させればいい。センターは、少なくとも50種類の在来野菜品種を復活させることに成功する(3)。
「私たちは、家庭菜園の立ち上げを奨励するため、野菜や植物の種子を女性たちに提供しました」(1)
センターは、有機野菜を栽培し、良質な種子を生産するためのトレーニングも行った(3)。その結果、約800世帯の女性たちが小さな野菜畑で月に平均で300ルピー(1ドル=45ルピー)を稼げるようになったのだ(1,3)。これは家族の栄養のセキュリティを加える。さらに、病気の治療に使えるハーブの有機栽培も奨励し、薬を調合するノウハウも提供した(3)。
「薬草園を設立するのを手伝い、風邪や腹痛のような軽い症状のためハーブを使う知識で彼女たちを武装させたのです」(1)
【引用文献】
(1) Fehmida Zakeer, Indian farmers learn from old ways, People & the Planet,23 Mar,2007.
ヴィジャヤラクシュミ博士の画像は文献(1)より。他の画像は文献(2)より
最近のコメント